オスロで歌う「ヒロシマのイチョウの木」 ノーベル平和賞がつなぐ縁2026年6月1日 12時00分編集委員・副島英樹印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする
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「ヒロシマのイチョウの木」という名の新たな合唱曲が6月、ノルウェーの首都オスロで披露される。核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)と日本原水爆被害者団体協議会(被団協)のノーベル平和賞受賞を機に、広島から被爆樹木の種がオスロに贈られた。それが縁で生まれた歌だ。イチョウと気づいた瞬間「背筋がぞっとした」 爆心地に傾く被爆樹木 きっかけは、被団協のノーベル平和賞授賞式に合わせて2024年12月9日にオスロ大学自然史博物館植物園で開かれた「平和の種式典」。そこで広島県被団協理事長の佐久間邦彦さん(81)は広島市の日本庭園「縮景園」にある被爆イチョウの種を手渡し、一緒に鉢に植えた。 その7年前の17年12月。ICANのノーベル平和賞受賞の際も、この大学の植物園でイチョウやナツメなど被爆樹木の種を鉢に植える式典があり、佐久間さんは立ち会った。あれから7年。種から芽生えたイチョウは1メートルほどに育っていた。スピーチで佐久間さんはこう述べた。 「あのとき植えられた被爆樹木に会いたくてやってきました」「このイチョウもこの7年間、戦争で人が死ぬことも、核の危機も、私たちと同じように見てきました」 そして、鉢のイチョウを抱くようにした。 式典の様子をネットでリアルタイムで見ていた広島合唱団の団長、寺本美和子さん(67)は胸を打たれた。「被爆樹木を歌にして広めたい」と歌詞を書き始めた。オスロの地で育つ被爆樹木2世を被爆者がいたわり、愛情と期待を寄せる姿――。団員たちとも相談しながら歌詞を練り、25年春に完成させた。 この歌詞に曲をつけたのは、広島で六つの合唱団を指揮する音楽家の高田龍治さん(74)だ。「佐久間さんがイチョウを抱いたイメージを膨らませて作りました」と語る。寺本さんは「樹木は生き続け、種をまき、核兵器の恐ろしさを伝えてくれる。それを訴えたい」。「被爆者に会えなくても、被爆樹木には会える」 この曲を携え、寺本さんと高田さん、佐久間さんらの一行は6月3日、オスロに向け出発する。6日にオスロ大植物園で開かれる屋外ガーデンコンサートで、女声コーラスグループや地元の小中学生のスクールバンドと共演するほか、ノーベル平和センターや介護施設を訪ねて「ヒロシマのイチョウの木」の合唱を披露する予定だ。 現地で準備するノルウェー在住の中(なか)英公子(えくこ)さん(51)は「被爆樹木をめぐる活動は、何かの節目や記念で盛り上がって終わるのではなく、その後も人と人との関係の中で時間をかけながら育ち続けることが大切。今回もその実践の一つです」と語る。 佐久間さんにとっては3回目のオスロ訪問。「被爆者にはなかなか会えなくても被爆樹木には会える。そういって現地では樹木を重要視してくれる。人も樹木も一緒です」。24年に種を植えたイチョウと会うのが楽しみだ。「ヒロシマのイチョウの木」の歌詞1青い空 見上げて静かに たたずむヒロシマの イチョウの木よあの日 見たのは水を求めて 死にゆく人炎に焼かれ 傷つきながら蘇(よみがえ)り 命を繫(つな)ぎ悲しみと 怒りを秘め人々と共に 生きてきた木は 生きる希望木よ ヒロシマの木よヒロシマのいのちを高らかに歌え2ヒロシマの 母の種から 芽吹いたオスロの町に イチョウの木よ小さな命は北の大地に 根を張って枝を広げて 葉を茂らせるやがて 光り輝く金色の 大木となりヒロシマのねがい 実らせる木は 未来の希望木よ ヒロシマの木よヒロシマのいのちを高らかに歌え木は生きる希望木よ ヒロシマの木よヒロシマのいのちを高らかに歌え有料会員になると会員限定の有料記事もお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりませんこの記事を書いた人副島英樹編集委員|広島総局駐在専門・関心分野平和、核問題、国際政治、地方ニュース関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする







