深掘り第3回見えない発達障害「変じゃない」 私が仲間と居場所を見つけるまで編集委員・宮坂麻子印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする
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「DO―IT Japan」の2013年度スカラーで、2025年秋にオランダの大学を卒業した中尾優理さんは、小学校時代のことが忘れられない。 幼児期から誰にでも話しかける、活発で明るい子どもだった。体調に異変を感じ始めたのは、小さな分校から本校に移った小学3年生だった。 おなかが痛くて食べられない日が続き、小児科へ。医師に一日の出来事を順に話すように言われた。障害や病気の子どもたちを社会的リーダーに育て、インクルーシブな社会の実現をめざすプロジェクト「DO-IT Japan」が、2026年度に20期生を迎える。学校や進学での壁をどう乗り越えたのか。連載「インクルーシブ教育@Japan」の第4弾では、スカラーたちの歩みを追う。級友の行動「いじめ」と分からず 学校に行くと自分の持ち物がなくなっている。休み時間は足をひっかけられる。下校の時は、みんなのランドセルを持たされた。でも「友達だよね」と言われると、「友達だからなんだ」と言葉通りに信じた。 音楽の授業は、耳がどうにかなりそうなくらいうるさくて、歌は歌えなかった。体育館は、ボールや笛の音、みんなの声がこもって運動どころではない。友達との会話がうまく続かない。 友達だからと思っていた級友の行動は「いじめだよ」と教えられたが、この時はまだ障害があるとは思っていなかった。 徐々に登校できなくなり、母に「死にたい」と訴えた。 中学校は、保健室登校も多かったが、成績も悪くなく、何とか過ごせた。 ところが、進学校の県立高校に進むと、暗転した。40人学級で雑音も大きい。学習進度も学校生活も、早過ぎてついていけない。生徒会役員にもなったが、劣等感は日に日に増し、再び不登校になった。特性への理解求め、高校を転校 この時、医師から聴覚過敏を…この記事は有料記事です。残り1155文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりませんこの記事を書いた人宮坂麻子編集委員|教育・こども担当専門・関心分野教育・こども関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする






