ストーリー小田健司印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする

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かつて繊維産業が盛んだった大阪府泉大津市に、世界のニット産業への貢献をめざす企業があります。糸商から出発して57年。今や、糸づくりだけではなく、他社ブランドの受託製造なども手がけ、ニットの世界で終わりのない挑戦を続けています。カンサイのカイシャ ここがオモロイ! 国道26号から少し大阪湾寄りに入ると、集合住宅や一戸建てが並んでいた。その中で少し異なる雰囲気を醸し出す赤れんがの建物が澤田の本社だ。 2代目の澤田誠社長(61)が言う。「私の父で、今の会長が1969年に起こした会社です。当時はニットの『糸商』でしたが、今は私が継いで、ニット製品の受注生産などを手がけています」 大阪南部に位置する泉大津市は、毛布やニットなどの繊維産業を中心に発展した。創業者の澤田隆生会長(88)は地元の紡績メーカーに勤めていたが、その会社の九州移転をきっかけに独立した。 当時、泉大津市でニットウェアの生産が拡大し始めていたことが背景にあったという。ニット原糸を仕入れて卸すだけでなく、自社で開発し、生産を外注し、問屋を中心とした企業に使ってもらうビジネスモデル。創業から約30年間はこうした業態が続いたという。 会社に変化が起きたのは、30歳で澤田社長が入社してからだ。香港で経験積み、家業に 澤田社長は大学卒業後、香港…この記事は有料記事です。残り957文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりませんこの記事を書いた人小田健司ネットワーク報道本部(大阪・堺支局)|地方行政や町ダネ、裁判など専門・関心分野権力監視、原発、公共事業、ボブ・ディラン関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする