「息子のかたきをとりたい」家族の死、町工場の海外進出の原動力に山中由睦印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする

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聞きたかったこと 広島 油のにおいが漂う町工場の片隅に、1枚の紙が貼られている。 「針のようにほころびを直す人でありたい」 裁縫や釣りに使う針をつくる萬国製針(ばんこくせいしん)(広島市西区)の社訓の一節だ。 戦後、高橋正光さん(88)の父が2代目社長を務め、この社訓を掲げた。3代目として後を継いだ高橋さんも胸に刻み、会社を引っ張った。 「社会やまちをどう立て直すか。使命感の表れだったのでしょう」 7歳までは夢のような日々だった。1918(大正7)年に祖父が創業した会社は業績好調。今の楽々園(広島市佐伯区)の別荘でロバに乗ったり、魚を釣ったり。45(昭和20)年春には祖父母がいる宮島に疎開し、海や山で遊んだ。 しかし、母が恋しくなり、夏には楠木町(現・広島市西区)の会社に隣接する自宅へ戻った。 その翌日だった。「平和を願う日に、けんかや対立見たくない」 午前8時15分。家の中にい…この記事は有料記事です。残り976文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりませんこの記事を書いた人山中由睦広島総局|政治、経済専門・関心分野地方政治、地域医療関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする