深掘り第9回野球引退、月収16万円の介護職から社長への道「僕でいいんですか」編集委員・森下香枝印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする
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連載「目指せ! ブルーカラーミリオネア」④ 社会人野球選手から介護ヘルパーに。手取り月収16万円の現場仕事から再出発し、社長にまで上り詰めた人物がいる。 SOMPOケアフーズ社長の福田崇彦さん(48)の前半生は「野球」とともにあった。 5歳から野球を始め、ピッチャーとして高校時代にはドラフト候補に名を連ねる。大学からの誘いを断り、社会人野球の名門である富士重工(現SUBARU)に入った。 社会人になると、午前中はコピーやデータ入力などの仕事をこなし、午後から夜まで練習。そんな野球漬けの生活が8年ほど続いた。 しかし、体は悲鳴を上げ、ひじに2回、足に2回、計4回の手術をした。 入院を繰り返す中で、懸命にリハビリをする高齢者の姿が目にとまるようになった。 野球選手を引退した後は、アスリートのリハビリを支える理学療法士になろうと思っていた。だが、資格を取るのに約500万円かかると知ってあきらめた。 ならば高齢者の役に立つ仕事はできないか。引退後、ガス会社の下請け企業で働きながらヘルパー2級の資格を取った。 2005年、介護サービスを担う小さな会社に就職した。月収は手取り16万円。社会人野球時代の半分以下にまで激減した。 「これでは家族を食べさせられない」介護職の手取りの少なさに焦った福田さん。その後、どうやってスピード出世を遂げていったのでしょうか。人手不足の介護の世界で生きた「野球の経験」とは 介護福祉士の資格も取ろうと…この記事は有料記事です。残り2031文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりませんこの記事を書いた人森下香枝編集委員|ここからTIMES編集長専門・関心分野終活、中高年のセカンドライフ、事件など関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする






