ストーリー益田暢子印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする

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都内の女性(52)は働きながら、ほぼワンオペで3人の子どもを育ててきた。第3子が高校にあがり、子どもたちが次々と手を離れた今、ふと思う。 「私が積み上げてきたものは、一体何なんだろう」 ◇ 就職氷河期まっただ中に、大学を卒業。志望する企業には落ち続け、苦労して内定を得た出版社に入社した。 専門誌をつくる編集者として働き、まもなく学生時代に知り合った同世代の男性と結婚。入社して5年がたったころ、長女が生まれた。 夫は仕事柄、海外への長期出張が多く、不在がちだった。妊娠中に帰宅したのは臨月になってから。2カ月の休暇を終えると、再び海外へ発ち、10カ月間戻らない。そうした働き方が10年ほど続いた。 隣県に住む母親に手伝ってもらいながら、ほぼワンオペで育児をこなした。1年後に職場に復帰したが、子どもが熱を出して保育園に行けないことも多く、最初の数週間はほとんど仕事にならなかった。急な発熱で保育園から呼び出されるたびに、上司や同僚に謝って退社した。 当時、社内で育児休暇や時短勤務をとる女性は少なかった。まして、男性で取得する人は一人もいない。結婚したら女性は仕事を辞める風潮が強く、「仕事を続けるから結婚しない」と話す女性の先輩もいた。 時短勤務だったせいか、当時まかされる仕事はルーチンワークばかりだった。「商品企画をやりたい」と希望を出しても通らない。飲み会に誘われても「子どもがいるから」と断る日々が続いた。そのうち、次女を妊娠し、再び育休に。次女の出産時、夫は日本にいなかった。 ワンオペ生活の限界が近づいてきたのは、第3子の長男が生まれた後のこと。■育児と仕事に追われ、心に余…この記事は有料記事です。残り1400文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりませんこの記事を書いた人益田暢子デジタル企画報道部専門・関心分野教育、語学、ジェンダー関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする