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「私の人生は、19歳で一度終わったんです」 そう話すのは、手話を通じて「聞こえる人」と「聞こえない人」をつなぐ活動をしている藤乃(ふじの)さん(38)だ。 聴者である藤乃さんは、31歳の時に株式会社「DeafLinks(デフリンクス)手話協会」を設立。 5年後には一般社団法人「日本手話文化協会」を立ち上げ、代表理事になった。 オンラインの手話アカデミーを運営しながら、ろう者・難聴者・聴者のコミュニティーづくりに取り組んでいる。 出身は沖縄県豊見城市で、シングルマザーの母に育てられた。 昼夜を問わず働き、3人の子を育てている母に「大学に行かせてほしい」とは言えなかった。 高校卒業後、自分で進学資金をためるために三重県へ。 自動車関連工場の寮に入り、期間従業員として働き始めた。 入って半年も経たないころ、不調を感じて病院へ行くと、医師から「近くにご家族はいますか?」と問われた。 「えっ、ドラマとかで見たことがある告知のシーンじゃない?」 悪い予感は当たり、「子宮頸(けい)がんの前段階にある」と告げられた。先輩社員の一言に救われて 母の反対を押し切って三重に来たこともあり、病気のことは言えなかった。 もちろん、工場の同僚にも言えなかった。 職場で担当していたのは、プラグの検品作業。 机の上に大量のプラグを並べ、ひびや欠けがないかをひたすら検品するうちに、うつ状態になった。 万札を握りしめてコンビニへ行き、大量の食料を買って一気に食べては、吐くことのくり返し。 コンビニで見かけた同僚たちからは「毎日パーティーでもしてるのかな」と思われていたそうだ。 突然、涙が出て止まらなくなり、「生きてる意味なんてない」と自殺を図ったこともあった。 そんな藤乃さんを救ってくれたのは、先輩社員の一言だった。 プラグを検品していると、リ…