インタビュー東野真和印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする

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ラグビーリーグワン2部所属・日本製鉄釜石シーウェイブス(SW)の桜庭吉彦ゼネラルマネジャー(GM、59)が、今季で退任する。前身の新日鉄釜石入部から41年。クラブチームになってから25年間はキャプテンやヘッドコーチとしてもチームを牽引(けんいん)してきた。その原点は「恩返し」だったと語る。 ――企業チームからクラブチームになって不安はなかったか。 創生期は不安もあった。当時はクラブチームのモデルケースがあまりなく、言い方は悪いが、企業から少し見放されるという不安を持った選手もいた。ただ、私は新たな挑戦への期待の方が大きかった。実際、所属選手が多くの企業で働けるし、予算的にもファンクラブや協賛企業の資金を獲得できるメリットがあった。 ――トップリーグ入りは遠かった。「地方からの挑戦」を掲げるが、大都市圏のチームが多い。 他の選手がポジティブになる選手補強を試行錯誤したのが最初の10年だった。他チームの強化に追いつこうとはしたが、少しギャップがあった。 その中でも、ヘッドコーチ時代には、ニュージーランド出身で元日本代表主将のアンドリュー・マコミック選手のようなシンボリックな選手が入り、成績面でも結果は出たが、継続的な強化にはつながらなかった。 ――創設10年の2011年に東日本大震災があり、ボランティアに力を入れた。 地域の中での我々の立ち位置を改めて考えることができる機会になった。その後、釜石鵜住居復興スタジアムができて、19年の日本開催のワールドカップで釜石に試合を誘致できた。地道に協賛企業を増やす取り組みを続けて今に至っている。 ――GMとして苦労した点は。 当初は短い期間でチームを離…この記事は有料記事です。残り1547文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりませんこの記事を書いた人東野真和釜石支局長|震災復興・地方自治担当専門・関心分野震災復興、防災、地方自治、水産業関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする