ストーリー一番弱い立場の人に目を 社会起業家・田口一成さんが追う恩師の背中興津洋樹印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする
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【連載】社会起業家の挑戦(上) 昨年9月。福岡市天神のビルが立ち並ぶ一角にある「ソーシャルベンチャーPARK福岡」と名付けた本社オフィスに、ボーダレス・ジャパン社長の田口一成さん(45)の姿はあった。 白い半袖Tシャツに黒いズボン。協定締結式を前に、「あっ、ジャケットを着た方がいいか」とおどけた様子を見せると、まわりが笑顔になった。 「たぐっさん」。社員からは親しみを込めて、そう呼ばれる。 ボーダレスは気候変動や貧困、人権、子育てなど、さまざまな社会課題をビジネスで解決しようとする「ソーシャルビジネス」に特化した会社だ。社会起業家たちが集まり、アイデアや資金を出し合いながら、さまざまな社会課題に向き合ってきた。 この日に協定を結んだのは、国際協力機構(JICA)。開発途上国で活動する海外協力隊員の育成や、隊員の帰国後の社会起業支援などに共に取り組むという。 調印式後、田口さんは言った。「ビジネスのやり方が変わらなければ社会課題の根本問題は解決しないと、ソーシャルビジネスという概念を提唱してきた。より多くの方たちが海外に目を向ける機会を一緒につくっていきたい」 設立は2007年。来日した外国人が住居を借りることが難しかった問題を解決しようと、外国人と日本人が一緒に暮らせるシェアハウスを運営する事業からスタートした。 その後、バングラデシュの貧困問題の解決に向けて、シングルマザーや障害者らに雇用を提供する革製品工場を設けた。 これらが軌道に乗り、ソーシャルビジネスの起業支援に軸足を移した。 支援の仕組みはこうだ。 ボーダレスに集まった起業志望者が、グループ会社として起業する。 ボーダレス本社が総務や広報などを担い、各社の起業家同士が意見を出し合う。 成功した起業家は、別の起業家に出資する「恩送り」をするなどして、新たな起業を後押しする。 現在は世界14カ国で50の事業を展開するまでに成長。昨年度、グループ全体の売り上げは100億円超となった。 「世界から貧困問題をなくしたい」。田口さんがそう思ってボーダレスを始めた原点は、小学生時代にさかのぼる。ビジネスで社会課題を解決しようとしている田口一成さんには、恩師からもらった忘れられない言葉があります。連載では、田口さんを形作った言葉を三つ紹介します。【連載(中)】「僕は悩まない」根底にロランの言葉 起業直後には人生唯一の後悔も【連載(下)】社会課題解決へ「みんな立ち上がれ」 本社を福岡移転、今めざすもの 福岡市立小学校の6年生のころ。当時20代の担任の男性教師から教壇横に呼ばれた。 「誕生日おめでとう」。そう…この記事は有料記事です。残り740文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりませんこの記事を書いた人興津洋樹西部報道センター|平和 安保 交通 原発専門・関心分野人権、平和、戦跡、歴史、福祉関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする







