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みなさんは、春になると部屋が散らかりやすいと感じたことはありませんか? 新年度は「新しい始まり」のはずなのに、なぜか部屋の中はカオス。入学・進学・衣替え・書類の山……。春は、暮らしの中で一気にモノが動く季節です。 今回は、注意欠如多動症(ADHD)の特性がある方にとって、この「春の散らかり」がなぜ起こりやすいのか、そしてどう乗り越えていくかを解説します。椅子に座れない ADHDの主婦リョウさん(架空の人物)には、この春、中学校に入学した娘がいます。 入学式の日、娘が持ち帰ってきたのは、なんと10種類もの書類でした。健康調査票、家庭環境調査票、緊急連絡カード、PTA関連の届け出……。リョウさんはそれを見てため息をつきました。 リョウ「10種類って……。どれが何日までとか、もう頭がパンクしそう」 問題は書類だけではありません。娘の部屋には、小学校の教科書やランドセルがまだそのまま置いてあります。そこに中学校の制服、通学かばん、体操服、新しい教科書が加わって、部屋は足の踏み場もない状態になっていました。 さらに追い打ちをかけるのが、衣替えです。冬物のコートやセーターをしまわなければいけないのに、そこまで手が回りません。リビングに目を向けると、ダイニングチェアの上にも衣類が積み重なり、ソファには冬物の服と畳んでいない洗濯物があふれています。 家族は椅子に座れません。 娘「お母さん、今日もまた立って食べるの?」 リョウ「……ごめんね。週末に絶対やるから」 結局、家族全員がダイニングテーブルの前に立ったままごはんを食べる日が続いています。ソファには誰も座れないので、床に座ってソファを背もたれにするのが日常になりました。 リョウさんは頭のどこかで「家庭訪問があるのは時間の問題だ。どうしよう」とわかっています。でも、その焦りを感じた直後、スマホに目を落としたリョウさんは、SNSで見かけた「布で作るかご」のキットをポチッと購入してしまいました。 リョウ「……あ、また買っちゃった」 「また」というのには理由があります。リョウさんのクローゼットの奥には、過去に衝動的に買った美顔器、流行(はや)りの腹筋補助器具、美顔ローラー、スクラップブックのキットが、ほぼ未使用のまま眠っているのです。なぜ「片付け」より「新しい趣味」に手が伸びるのか この「片付けなきゃいけないのに、新しいものを買ってしまう」という行動は、ADHDの特性から理解できます。 ADHDの特性がある方の脳には、報酬系と呼ばれる仕組みに特徴があることが知られています。専門的には「報酬遅延障害」といいます。簡単にいうと、「がんばった先にある遠いご褒美」よりも、「今すぐ手に入る小さな楽しみ」に脳が強く反応しやすいということです。 洗濯物を畳む、書類を仕分ける、衣替えをするなどの家事は、やっても誰にも褒めてもらえませんし、終わっても「元に戻っただけ」で達成感が薄いものです。脳の中のドーパミンという神経伝達物質の濃度が低めであるADHDの特性がある方にとって、こうした地道なルーティンに対してやる気を維持し続けることは、想像以上に難しいのです。 一方で、「布で作るかご」のような新しい趣味グッズには、新奇性があります。「これを作ったらどんなふうになるかな」というワクワク感が脳の報酬系を刺激するため、つい手が伸びてしまうのです。 これらは「意志が弱い」わけでも「だらしない」わけでもないということです。脳の特性として、新しい刺激に反応しやすく、繰り返しの作業にはエネルギーが湧きにくい。それがADHDの報酬系の仕組みなのです。 しかし、周囲からは「やりたいことしかやらない人」「なまけもの」と映ってしまうことがあります。その誤解が、当事者の自責感をさらに深めてしまうという悪循環にもつながりかねません。「年度末感謝祭」で春の片付けを乗り越える では、どうすればいいのでしょうか。ポイントは、「片付けに報酬をつけてあげる」ことです。 おすすめしたいのが、「年度末感謝祭」を行事化するという方法です。できれば3月末に取り組みたいですが、今からでも遅くはありません。コツは次の3点です。1.家族全員で取り組む行事にする 「年度末感謝祭」や「春の大作戦」など、楽しそうな名前をつけて、家族みんなで新年度に向けた片付けに取り組みます。一人で抱え込まず、「家族の行事」にしてしまうことで、孤独な作業ではなくなります。2.終わったら外食というご褒美を設定する 片付けが終わったら、家族で外食に行くと決めておきましょう。「遠いご褒美」ではなく、「今日の夕方においしいものが待っている」という近い報酬があると、ADHDの特性がある方の脳も動きやすくなります。3.お互いを褒め合う 「お母さん、クローゼット整理してくれてありがとう」「あら、小学校の教科書まとめてくれたんだね、すごい」。こうした言葉かけが、脳にとっての報酬になります。しっかりおいしいものを食べて、がんばった自分たちをねぎらいましょう。 リョウさんも、この方法を試してみました。 娘「年度末感謝祭って何? なんかおもしろそう」 リョウ「みんなで片付けて、終わったら焼き肉行こうよ」 娘「やる! 絶対やる!」 家族全員で半日かけて片付けたあと、焼き肉屋さんでおなかいっぱい食べたリョウさんは、こう話してくれました。 リョウ「一人でやろうとしてたときは永遠に終わらない気がしてたけど、みんなでやったら意外と早かった。何より、娘に『お母さんがんばったね』って言ってもらえたのがうれしかった」 劇的に部屋が完璧になったわけではありません。でも、椅子に座ってごはんが食べられるようになった。ソファに座れるようになった。それだけで、家族の表情が少し明るくなったそうです。 春の散らかりに悩んでいるのは、あなただけではありません。 片付けが苦手なのは、意志の弱さではなく、脳の特性と環境が重なった結果かもしれません。だからこそ、一人で抱え込まず、家族を巻き込んで「行事」にしてしまう。そして、がんばったあとにはちゃんとご褒美を用意する。そんな小さな工夫が、春の暮らしを少しずつ楽にしてくれるのではないでしょうか。 あなたの「困りごと」は、欠点ではありません。自分に合ったやり方を見つけていくチャンスです。今年の春は、「年度末感謝祭」を試してみませんか? 参考になっていたらうれしいです。 ◇ このコラムでご紹介したADHDについてもっと知りたい方は「ADHD脳で困ってる私がしあわせになる方法」(主婦の友社、2021年)もどうぞ。〈臨床心理士・中島美鈴〉 1978年生まれ、福岡在住の臨床心理士。専門は認知行動療法。肥前精神医療センター、東京大学大学院総合文化研究科、福岡大学人文学部、福岡県職員相談室などを経て、現在は九州大学大学院人間環境学府にて成人ADHDの集団認知行動療法の研究に携わる。