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みなさんは、連休明けに机の上やメールボックスを見て、ため息をついたことはありませんか? 連休が終わった朝。久しぶりに仕事用のパソコンを開くと、未読メールがずらりと並んでいる。机の上には、連休前に「あとでやろう」と置いておいた書類。カレンダーを見ると、今週中に出さなければならない資料もある。 「これ、全部やらなきゃ……」 そう思った瞬間、なぜか体が重くなることがあります。やらなければいけないことは分かっている。頭では分かっているのに、手が動かない。メールを開く前に、ついニュースを見てしまう。資料を作る前に、なぜかデスクの片づけを始めてしまう。 そして夕方になって、こう思います。 「今日も結局、進まなかった」 これは、単なる怠けではありません。心理学では、このように「やろうと思っているのに、つい後回しにしてしまうこと」を先延ばしと呼びます。 先延ばしは、多くの人が経験するものです。けれども、本人にとってはとても苦しいものでもあります。「やればいいだけなのに」と思うほど、自分を責めてしまうからです。なぜ、やることが後回しになるのか 32歳で営業職の佐藤さん(架空の人物)も、毎月末の売り上げ報告書を先延ばしにしてしまうことに悩んでいました。月末が近づくと、上司から声をかけられます。 上司「佐藤さん、今月の売り上げ報告、そろそろお願いしますね」 佐藤「はい、わかりました」 そう返事はします。でも、自分の席に戻ってパソコンを開いた瞬間、気が重くなります。 まずデータを出して、それから表にして、グラフを作って、コメントも書いて……頭の中で作業を思い浮かべるだけで、どっと疲れます。 佐藤「これは時間があるときにやろう」 そう思って、いったんメールを確認します。すると、別の急ぎの依頼が入っています。「こっちを先に返さなきゃ」。そのうち電話が鳴ります。外回りの予定も入ります。夕方になると、もう頭が疲れています。 佐藤「今日は無理だな。明日やろう」 そうして、翌日になります。でも翌日も、同じように忙しい。報告書のファイルを開いても、何から始めればいいのか分からず、すぐに閉じてしまいます。そして締め切り前日。「やばい。本当に今日やらないと間に合わない」と、夜遅くまで作業し、なんとか提出します。でも、見直しも不十分で、達成感よりも疲労感が残ります。 佐藤「またギリギリだった……。どうして毎回こうなんだろう」 このようなことが続くと、だんだん「自分は書類仕事が苦手だ」「計画性がない」「だらしない」と感じるようになります。けれども、ここで大切なのは、佐藤さんが怠けていたわけではないということです。先延ばしにする理由 では、なぜ先延ばしをしてしまうのか。 理由の一つは、心理的な抵抗感です。退屈な作業、複雑な作業、失敗しそうで不安な作業ほど、人は無意識に避けたくなります。 近年の研究では、先延ばしと完璧主義の関係についても整理が進んでいます。完璧主義には、「高い目標を目指す」という側面だけでなく、「ミスをしてはいけない」「不完全なものを出したら評価が下がる」と過度に心配する側面があります。 研究では、失敗や不完全さへの不安が強いほど、先延ばしが起こりやすいことが示されています。一方で、単に高い基準を持つことそのものは、必ずしも先延ばしにつながるわけではありません(※1)。また、最近の研究でも、先延ばしをする完璧主義者には、失敗を自分全体の価値に結びつけて受け取りやすい「失敗への過敏さ」がみられることが報告されています(※2)。つまり、「やらない」のではなく、心の中で「ちゃんとやらないといけない」「中途半端なものを出したらだめだ」「失敗したら、自分の能力がないと思われる」と不安に思っているのです。思えば思うほど、タスクはどんどん重たく見えてきます。そして、取りかかる前から疲れてしまうのです。 理由のもう一つは、時間感覚です。締め切りまで少し余裕があると、脳は「まだ大丈夫」と判断します。すると、今すぐ取りかかる必要性が低く感じられてしまうのです。特に、大人のADHDの特性がある方は、この傾向が強くなりやすいことがあります。重要だと分かっていても、「今この瞬間にやる理由」が感じにくい。遠くの締め切りよりも、目の前のメールや通知、急ぎの用事に注意が向きやすい。これらは、性格の問題というより、脳の実行機能や時間管理の仕組みに関わる問題です。「小分け」にすれば不安は減る カウンセリングで、佐藤さんはこう聞かれました。 カウンセラー「報告書って、佐藤さんの中ではどんな作業に見えていますか?」 佐藤「大きなかたまりです。売り上げ報告書を作る、という一個の巨大なタスクです」 カウンセラー「その巨大なタスクを見ると、どんな気持ちになりますか?」 佐藤「うわ、無理……って思います」 そうなのです。先延ばしが起こるとき、私たちはタスクを大きなかたまりのまま見ていることが多いのです。 「報告書を作る」 「部屋を片づける」 「原稿を書く」 「確定申告をする」 こうした言葉は、一見シンプルですが、よく見ると、たくさんの小さな作業が含まれています。報告書なら、データを取り出す。数字を確認する。表に入力する。グラフにする。先月との違いを見る。コメントを書く。誤字を確認する。提出する。これを全部まとめて「報告書」と呼んでしまうと、脳にとっては大きすぎます。 佐藤「たしかに、『報告書』って思った瞬間に、もう嫌になります」 そこで、佐藤さんは報告書を小さく分けてみることにしました。 月曜日:データを抽出する(15分) 水曜日:数字を表に入れる(20分) 金曜日:グラフを作る(20分) 翌週月曜日:気づいたことを三つメモする(15分) 翌週水曜日:コメントを書く(30分) 翌週金曜日:見直して提出する(15分) こうすると、「売り上げ報告書を作る」という大きなタスクが、「15分でできる小さな作業」に変わります。「これなら、ちょっとできそう」と思えることが大事です。 先延ばしを減らすためには、「もっと頑張るぞ」と気合を入れるよりも、まず取りかかれる大きさまで小さくすることが必要なのです。始めると、気分が変わることがある 最初の月曜日、佐藤さんは半信半疑で報告書のファイルを開きました。 「今日はデータを出すだけ。報告書を完成させなくていい」 そう自分に言い聞かせ、データベースを開き、必要な期間を選び、売り上げデータを抽出します。 佐藤「……あれ、これだけなら本当に15分で終わった」 その日は、そこでやめました。以前なら、「せっかく開いたんだから全部やらなきゃ」と思って、かえって気が重くなっていました。でも今回は違います。 水曜日には、数字を表に入れました。金曜日には、グラフを作りました。一つ一つは小さな作業です。劇的な達成感があるわけではありません。でも、少しずつ進んでいる感覚がありました。 佐藤「報告書って、こんなに早めに手をつけられるものだったんですね」 この「進んでいる」という実感は、とても大切です。人は、まったく進んでいないものには不安を感じます。でも、少しでも手をつけてあると、心理的な抵抗感が下がります。「ゼロから始める」のと、「途中から続ける」のでは、心の重さが違うのです。「今の自分」を信頼する 月末が近づいたころ、佐藤さんは不思議なことに気づきました。締め切り前日なのに、いつものような焦りがないのです。最後の日にやることは、見直しと提出だけでした。 佐藤「もうグラフまでできているし、コメントも半分書けています」 上司「今月の報告書、見やすいですね。余裕を持って作った感じがします」 佐藤「ありがとうございます。私、書類仕事が苦手なんじゃなくて、始め方が大きすぎたのかもしれません」 これは、とても大切な気づきでした。先延ばしの本当の敵は、締め切りだけではありません。 「これを全部やらなきゃ」というプレッシャーと「完璧にやらなきゃ」という不安です。 タスクが大きすぎると、不安になります。不安になると、避けたくなります。避けると、さらにタスクは大きく見えます。そして、締め切りが近づいてから苦しくなります。 でも、タスクを小さく分ければいいのです。「全部やる」ではなく、「今日はここだけやる」。「完璧に仕上げる」ではなく、「まずデータだけ出す」。「やる気が出たら始める」ではなく、「15分だけ始める」。いかがですか? 連休明けは、誰にとってもエンジンがかかりにくい時期です。休み明けの疲れ、生活リズムの乱れ、たまったメール、急に戻ってくる仕事の波。そんなときに、「全部ちゃんとやろう」と思うほど、動けなくなることがあります。 だからこそ、まずは小さくしてみてください。(引用文献) ※1 Xie, Y., Yang, J., & Chen, F. (2018). Procrastination and multidimensional perfectionism: A meta-analysis of main, mediating, and moderating effects. Social Behavior and Personality: An International Journal, 46(3), 395–408. https://doi.org/10.2224/sbp.6680 ※2 Yosopov, L., Saklofske, D. H., Smith, M. M., Flett, G. L., & Hewitt, P. L. (2024). Failure sensitivity in perfectionism and procrastination: Fear of failure and overgeneralization of failure as mediators of traits and cognitions. Journal of Psychoeducational Assessment, 42(6), 705–724. https://doi.org/10.1177/07342829241249784 ◇ このコラムでご紹介したADHDについてもっと知りたい方は「先延ばしグセ、やめられました! 書いてみるとうまくいく」(大和書房、2025)もどうぞ。<臨床心理士・中島美鈴> 1978年生まれ、福岡在住の臨床心理士。専門は認知行動療法。肥前精神医療センター、東京大学大学院総合文化研究科、福岡大学人文学部、福岡県職員相談室などを経て、現在は九州大学大学院人間環境学府にて成人ADHDの集団認知行動療法の研究に携わる。






