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世界3大映画祭の最高峰と評される、第79回カンヌ国際映画祭が12日夜(日本時間13日未明)、フランス南部のカンヌで開幕しました。 今回は、日本人監督による映画が大豊作。最高賞パルムドールを競うコンペティション部門に3作品が出品されるほか、革新的な作品が集まる第2コンペの「ある視点」部門や、著名監督らの作品を特別上映するカンヌプレミア部門にも作品が選ばれています。 注目の映画祭の模様を、授賞式がある23日(日本時間24日未明)まで、現地からタイムラインでお伝えします。※表示は現地時間19日20:00本木雅弘さん、菅田将暉さん、宮舘涼太さんら現地に 黒沢清監督が初めて挑んだ時代劇「黒牢城」が19日、実力派監督の新作を披露する「カンヌプレミア」部門で公式上映された。 主演した本木雅弘さん、共演の菅田将暉さん、青木崇高さん、宮舘涼太さんが映画祭ディレクターに紹介されて次々に劇場に入場。最後に「キヨシ・クロサワ」とアナウンスされると、ひときわ大きな歓声が上がりカンヌでの人気の高さをうかがわせた。 「黒牢城」は、米澤穂信(ほのぶ)さんの同名の時代小説が原作。直木賞と山田風太郎賞を受賞し、「このミステリーがすごい!」1位なども獲得したミステリーだ。 戦国時代を舞台に、織田信長に反旗を翻し有岡城に籠城(ろうじょう)した荒木村重(本木)の周辺で起こる四つの事件を描く。村重は、城の地下に幽閉した敵方の知将、黒田官兵衛(菅田)の知恵を借りながら事件の謎に迫る。 上映後には満場の客席からスタンディングオベーションが沸きおこった。5分間ほど続いた後マイクをにぎった黒沢監督は「そろそろ帰ります、皆さんもお疲れでしょう」と笑わせ、「本当に感激しました」と感謝の言葉を述べた。 上映後の取材に応じた黒沢監督は、入場時の大歓声について水を向けられると、「そこは僕も意外と慎重というか、ひねくれてるというかですね……」と首をひねる。「本気でキャーキャー言ってくださる方、僕のファンの方もいるんですよ。ただ、そういう方のかなりの部分はホラー好きなんです。でもこれ、ホラーじゃないんだよな」 スタンディングオベーションについては「拍手してくれるのはよくあるんですけど、『義理でしてるな』っていうのがわかる人も結構いまして」と述べつつ、「皆さんが祝福してくれているというのが、ここまでストレートに伝わってくる拍手は初めてでした」と感慨深げに語った。 本木さんは「60歳にして初めてのカンヌだったのですが、一生語れる思い出ができたという『お伊勢参り』だった」と語る。上映では随所で笑いも起こったが、村重が官兵衛らと言葉をぶつけ合う長回しの場面では逆にしんと静まりかえった。「無音の反応の中で、セリフの世界、物語の世界、黒沢さんが伝えようとしている世界を皆さんがスクリーンに引きつけられ、感じ取ってくださっている。そういうものを『気』で感じました」と振り返った。 官兵衛役で圧巻の演技を見せた菅田さんは「ミラクルな初体験。日本で見た時よりもリラックスして、お客さんとしても楽しめた不思議な時間でした」と語った。村重の家臣の荒木久左衛門を演じた青木さんは、「体もなんかポカポカするような、心地よい安堵(あんど)感に包まれてる感じです」と言いながらも、興奮冷めやらぬ様子。同じく家臣の乾助三郎を演じた宮舘さんは上映中は「正直ずっと緊張してました」と明かし、「これを皮切りに『黒牢城』がいろいろな方たちに届けられるということで、やっと安心できました」と語った。 今回の上映では、日本を代表する黒沢監督のワールドプレミア(世界初上映)とあって、カンヌ滞在中の是枝裕和、濱口竜介、深田晃司、岨手(そで)由貴子、石川慶の各監督も来場。多くの黒沢作品で撮影を担当している芦澤明子さん、本木さんの妻でエッセイストの内田也哉子さん、俳優の岸井ゆきのさんの姿もあった。 「黒牢城」は6月19日に公開される。カンヌこぼれ話⑦監督週間ってなに? カンヌでは、最高賞パルムドールを競うコンペティション部門だけではなく、並行してさまざまな部門が開かれている。 その一つが、気鋭監督の世界への登竜門として知られる「監督週間」。主催はフランス映画監督協会で、映画祭の事務局と独立して運営される非公式部門という位置づけだ。 日本作品では今年、門脇康平監督の初長編アニメーション「我々は宇宙人」と、矢野ほなみ監督の短編アニメ「エリ」が参加している。 そのモットーは、自由であること。公式部門とは一線を画したラインアップを上映し、一般客も作品を鑑賞できるのが特長だ。 設立のきっかけとなったのは、1968年に起きた、映画祭を揺るがす大事件だった。 第21回の上映会場に、ヌーベルバーグの旗手たるジャンリュック・ゴダールが、フランソワ・トリュフォーらと乗り込み、映画祭の中止を求めた。当時起きていた労働者や学生によるシャルル・ドゴール政権に対する反体制運動に呼応した行動だった。ゴダールは官僚主義的でルールに縛られたカンヌの姿勢を批判した。 その結果、多くのプロデューサーが作品の引き揚げを表明し、俳優やプロデューサーも審査員を辞退。映画祭は初の中止に追い込まれることになった。 当時の朝日新聞には、映画祭のスポークスマンによる「フランスの労働者、学生のデモを支持してのこれらの人たちの辞退により、審査はもはや不可能になった」とのコメントが掲載されている。 監督週間が始まったのは、その翌年の69年だ。「スター・ウォーズ」シリーズで知られるジョージ・ルーカスの長編デビュー作「THX 1138」も、監督週間で上映された。18日15:30コンペ部門、気になる星取表 カンヌなど国際映画祭の会場付近では連日、出品された作品のインタビュー記事やレビューが載った雑誌がいくつか発行されている。その中で最も注目されるのが、コンペティション部門の星取表を載せたページだろう。各国の批評家たちが参加し、星をつけている。 最近はインターネット上でも星取表が存在するが、作品の評判を知る際に最も参照されるのが雑誌「スクリーン」だ。今回のカンヌでは、仏紙ルモンドや英紙ガーディアン、米誌タイムなどの批評家ら11人と、スクリーン編集部を合わせた計12の星取りが並んでいる。最高は四つ星。×(星0)というのもあるから、関係者は戦々恐々として上映翌日の誌面をめくることになる。 映画祭は開幕から約1週間が過ぎた。18日現在で折り返し地点あたりになるが、濱口竜介監督の「急に具合が悪くなる」が平均3.1ポイントで2位につけている。 3.3ポイントで1位になっているのはパベウ・パブリコフスキ監督の「Fatherland」。日本でも「イーダ」「COLD WAR あの歌、2つの心」で知られ、その映像美にファンも多いポーランド出身の監督だ。 ただ、この星取表が受賞結果につながるわけではないのも映画祭の面白いところ。是枝裕和監督の「万引き家族」が最高賞パルムドールを受賞した2018年は、韓国のイ・チャンドン監督の「バーニング」が圧倒的に支持され、3.8の高得点をマークしたが、主要賞は獲得しなかった。 深田晃司監督の「ナギダイアリー」や是枝監督の「箱の中の羊」はどうだったのか。スクリーン誌のホームページ(https://www.screendaily.com/)でも確認できる。カンヌこぼれ話⑥映画アーカイブの重要性 「ナギダイアリー」を今年の長編コンペティション部門に出品した深田晃司監督は昨年、カンヌのとある会場でこんなスピーチをした。 「私が最も影響を受けたのは成瀬巳喜男(みきお)監督です」 旧作を上映する「クラシック部門」に選ばれた名匠・成瀬監督の「浮雲」(1955年)の上映会場だった。通訳を挟みながら15分以上にわたり熱っぽく語った。 国際的に評価されている監督たちの多くが、過去の作品をむさぼるように見ている。同じく今年のコンペに「急に具合が悪くなる」を出品した濱口竜介監督は、長編作品を手がけて疲れ果てても、「映画を100本くらい見ると、次を撮りたくなってくる」という。 濱口監督はこれまで、潤沢とはいえない製作費による作品で数々の映画賞をとってきた。彼を支えているのは、大金ではなく映画的な教養だ。 しかし政府は大作への支援を拡充し、映画をはじめとする過去の映像作品を保存、収集する国立映画アーカイブへの予算は年々減らしている。 今年4月、国のコンテンツ戦略について議論する官民組織の会合では、是枝裕和監督が国立映画アーカイブへの予算が他国の同様の機関に比べて少ないことを指摘。「『歴史』を大切にしない国から優れた作品も作り手も生まれてこない」と批判した。 今年のカンヌでは、深田、濱口、是枝監督の3作品が、最高賞パルムドールを争っている。3人のような国際舞台で輝ける監督がこれからも世に出るために、政府には過去の作品や文化を保存し、人々に向けて開く機関を支えてほしい。17日13:26主演の浅野忠信さん「監督が僕を説得してくれた」 第2コンペにあたる「ある視点」部門に出品している「すべて真夜中の恋人たち」が17日、公式上映された。岨手(そで)由貴子監督と主演の岸井ゆきのさん、浅野忠信さんが上映に立ち会った。【動画】「すべて真夜中の恋人たち」の上映後、拍手に応える岨手由貴子監督、岸井ゆきのさん、浅野忠信さん=小峰健二撮影 川上未映子さんの同名の恋愛小説が原作。他人との関わりをなるべく避けて孤独に生きるフリーランス校閲者の冬子(岸井)が、物理教師をしているという年上の三束(浅野)と出会い、自らの感情と向き合っていく物語だ。 内向的でありながら、どこかユーモアがのぞく冬子の行動に、上映会場はたびたび笑いに包まれた。 上映後、涙をぬぐう姿も見られた岸井さん。報道陣の取材に「どんな風に伝わるのか不安でしたが、『ここで笑うんだ!』というのもありましたし、すごく映画を受け取ってくださってるなという感覚があったのでとてもうれしかったです」と語った。 「あのこは貴族」などで日本国内で人気のある岨手監督だが、カンヌは初選出。「3大映画祭に参加する作品を撮る人生になるとイメージしてなかったので、選出していただいた時に本当に驚きました。ようやく上映を終えて、『ああ、本当にカンヌ映画祭に来たんだ』と感じました」と話した。 一方、浅野さんは黒沢清監督や深田晃司監督らの作品で何度もカンヌに参加している世界的俳優でもある。カンヌについて「数えたら7回か8回目ぐらいだったので、ちょっと慣れ親しんだ場所でもあり、ホッとする自分がいました」という。 今回のカンヌでは、岨手監督をはじめ、長編コンペ部門に出品している深田監督や濱口竜介監督ら、浅野さん自身より年下世代の活躍が話題になっている。「どんどん浅野忠信を使ってもらって、色んな映画祭に連れてきてほしいなと思っています」と笑わせた。 上映後の会見では、どのように冬子や三束の人物像を作り上げていったかという話題も。 岸井さんは元々、川上さんの原作の大ファン。冬子像が明確にあったため、「壁にぶつかった」という。「小説の冬子を手放せず、一歩を踏み出せないところがありましたが、本読みや監督との食事やコミュニケーションを通じて、映画ならではの冬子像を創作する面白さがありました」 浅野さんは岨手監督に「引っ張ってもらった」と振り返る。「僕自身も三束についてよく考えて、いろいろ用意して現場に行きましたが、監督の中でも作品や役に対しての強いイメージがあったようです。僕がいろいろ提案したことでも、監督の中で折り合いがつかないものがあれば、監督が僕を説得してくれることもあり、それはもう本当に心強いものでした」 「すべて真夜中の恋人たち」は今秋公開の予定。カンヌこぼれ話⑤唯一の日本人審査員長、朝日NHKと深い縁 カンヌ国際映画祭の審査員長を務めた唯一の日本人がいる。古垣鉄郎――。名優や名監督、世界的な作家が並ぶなか、その4文字にピンとこない。一体だれなのか。 古垣が審査員のトップを務めたのは1962年。「大人は判(わか)ってくれない」を発表した後のフランソワ・トリュフォー監督もいる審査員団を率いたのだから、相当な人物に違いない。 経歴をひもとくと、元駐仏大使というのが大きく書いてある。実は朝日新聞社での勤務経験もあるという……。過去記事によると、古垣は仏リヨン大を卒業後、国際連盟の事務局員に。29年にのちの朝日新聞社主に招かれ、朝日新聞社に入った。欧米部長や論説委員を務めた、らしい。 戦後すぐに貴族院議員となり、朝日新聞を退社。49年から56年までNHK会長を務めた。テレビ放送が始まったのは53年のこと。公共放送のトップとして旗振り役を担い、2月1日の初放送ではカメラに向かってあいさつもしたようだ。 NHK会長職を退任後に駐仏大使に。退任後の62年、カンヌの審査員長に選ばれた。当時のシャルル・ドゴール大統領とも親交が深かったというが、なぜ審査員長を務めることになったかは、現状、調べきれていない。66年にも再び審査員になっているのだから、相当な信頼があったのは確かなことだろう。 一方で、カンヌ映画祭に58年から行っていた映画評論家の秦早穂子さんによれば「映画に詳しいわけでなく、社交界の人」との評。世界的な映画祭にしたいフランス政府や映画祭当局がその名をアジアにも広げる思惑があったとのことだ。 トップの審査員長は古垣だけだが、初めて審査員に選ばれたのは、フランソワーズ・サガン「悲しみよこんにちは」などを訳した仏語翻訳者で文筆家の朝吹登水子(とみこ)。58年のことだ。16日17:07「箱の中の羊」、大悟さん「わしのこと何者だと」 是枝裕和監督の「箱の中の羊」が16日、公式上映された。主演した俳優の綾瀬はるかさんと、お笑いコンビ千鳥の大悟さん、桒木里夢(くわきりむ)さんらが上映に立ち会い、観客の拍手に応えていた。【動画】「箱の中の羊」の上映後、拍手に応える是枝裕和監督や大悟さんら=小峰健二撮影 作品の舞台は近未来。息子を亡くした建築家の甲本音々(おとね)(綾瀬)と、工務店を営む夫の健介(大悟)が、息子の姿をしたヒューマノイド(桒木)を迎え入れ、止まっていた家族の時間が動き出す様子を描いている。 是枝監督は2001年以来、コンペティション部門への出品は今回で8回目となる。うち5作で最高賞パルムドールを含む主要賞を受賞している「カンヌの顔」のひとりだ。 上映後に取材に応じた是枝監督は「慣れるような場所でなく、いつも1回目のような気持ちです」「最後まで集中して見てくれているのが伝わってきました。ホッとしたなという感じです」と話した。 綾瀬さんは「ここで笑いが起こるんだとか、反応がまた日本の方とは違って新鮮。それも含めて体験できたのがとっても面白かったです」と振り返った。 大悟さんは「当然初めてだったので、こんな経験をさせていただいて、うれしかったです。映画館もすごいし、ポップコーンを入れるところもないし」と笑いを誘った。この日10歳の誕生日だった桒木さんは「すごくいい体験になりました」と笑顔を見せていた。 この日の上映では、エンドロール中にスタンディングオベーションが始まり、会場に照明がともってからもしばらく続いた。 是枝監督は「途中から僕は(樹木)希林さんの顔が浮かんじゃって」と切り出す。是枝映画の常連だった樹木さんは「ああいう時に物欲しげにずっと手を振ってるのはみっともないから、早く帰りましょう」と言っていたという。是枝監督は「だから、早く終わりたいんだけど、(映画祭のディレクターに)『まだだ』って言われたから、困ったなと思って」と苦笑いしていた。 大悟さんは「10分近く拍手をしたこともないし、されたこともない。スタンディングオベーションを『もうそろそろ』って止めてる人も初めて見た。もらえるんなら、もらっとけばいいのに」と笑った。手応えについて問われると、「わしのことを何者だと思ってるかわからないですけど、うれしそうな顔でこっちを見てくれてたんでよかったなという感じですね」と語った。 「箱の中の羊」の日本公開は5月29日。是枝監督が絶賛、大悟の背中にたけしの面影「こんな顔の役者いない」カンヌこぼれ話④歴代審査員長はどんな人? 今回のカンヌ国際映画祭で審査員長を務めるのはパク・チャヌク。「JSA」などで知られる韓国を代表する映画監督のひとりだ。カンヌでは、「オールド・ボーイ」で第2席にあたるグランプリを、「渇き」で審査員賞を、「別れる決心」で監督賞を受賞している。 そんな彼が中心となって、長編コンペティション部門に入った22作品から受賞作を決める。選考過程が明らかになることはないが、審査員団のトップの意向は大きいと言われている。同じアジアだから、日本人監督の3人は有利なのか? 韓国からは「哭声/コクソン」などでカルト的な人気のナ・ホンジン監督の新作がコンペに入っているが、同国同士だと推しにくい? ところで、昨年の審査員長はフランスのジュリエット・ビノシュが務めた。レオス・カラックス監督の「汚れた血」「ポンヌフの恋人」で日本でも人気のトップ俳優だ。 過去、同じ俳優ではソフィア・ローレン、イングリッド・バーグマン、ジャンヌ・モロー、カーク・ダグラス、イブ・モンタン、ケイト・ブランシェットらが務めてきた。監督もフリッツ・ラング、ルキノ・ビスコンティ、クリント・イーストウッド、フランシス・フォード・コッポラ、ジェーン・カンピオンら、そうそうたる顔ぶれが並ぶ。審査員長に選ばれることは、名優、あるいは名監督として認められたひとつの証左にもなっている。 「ソフィーの選択」の米作家ウィリアム・スタイロンが審査員長を務めた1983年開催が最後になるが、発足当初は作家ら「文化人」がトップを務めることが多かった。ジャン・コクトー、ジョルジュ・シムノン、フランソワーズ・サガンら、こちらも世界的な作家ばかりだ。 そんな有名どころが並ぶ審査員長に、日本人の名前があるではないか。古垣鉄郎。いったいどんな人なのか――。15日17:16「急に具合が悪くなる」、原作者も号泣 濱口竜介監督による日仏など合作の「急に具合が悪くなる」が15日、公式上映された。エンドロールが流れると、観客から地鳴りのような拍手と歓声が沸き上がった。スタンディングオベーションは10分以上続き、マイクを握った濱口監督は「ここに来られたことをうれしく思っています。素晴らしいキャストと一緒に仕事ができたこと、素晴らしいクルーに支えてもらったことに感謝しています」とコメントした。【動画】「急に具合が悪くなる」上映後、スタンディングオベーションに応える濱口竜介監督ら=小峰健二撮影 3時間16分間の上映には、主演したベルギー出身のビルジニー・エフィラさんと岡本多緒(たお)さんに加え、長塚京三さんと黒崎煌代(こうだい)さんらが参加した。観客からの「ブラボー」の声に手を振って応じたり、抱き合って喜びを分かち合ったりしていた。 「急に具合が悪くなる」はパリが舞台。介護施設の施設長であるマリー=ルー(エフィラ)と、がん闘病中で舞台演出家である日本人の真理(岡本)が偶然出会い、似た名前に導かれ、フランス語と日本語を交えた対話を通して深まっていく交流を描いている。 上映後に出演者らと取材に応じた濱口監督は「ようやく観客に届けられる日が来て、こういう反応になるかというのが一番感じたこと。たくさん笑いが起き、そういう映画なのかと思いました。温かい拍手をいただいて、本当に良かったです」と話した。 上映中は各所で笑い声が上がっており、岡本さんも「気づいたら口角が上がって、すごく温かい気持ちになっていました」。エフィラさんは「作品と観客がどこかでつながっている感覚を体感した」と振り返った。 本作は映画祭で最も注目される作品の一つ。上映会場に濱口組の面々が入場すると、拍手が鳴りやまず、すぐに上映が始められないほどに濱口監督の人気は高い。 海外でも認められている才能について、長塚さんは「底が見えない。完璧すぎる」とたたえた。エフィラさんは「何より仕事熱心で、的確に演出をしてくれる。現場では俳優に限らず、個々を尊重してくれる」と評していた。 映画の原作は、がんに侵された哲学者の故・宮野真生子さんと、医療現場の調査を重ねた人類学者の磯野真穂さんが交わした往復書簡からなる同名の著書。これを大胆に翻案し、劇映画に仕立てた濱口監督は「原作に心震える部分があった。自分が本を読んでいて起きたような状態が映画を見た人にも起きてほしいと思っていた」と語り、世界初上映に手応えを感じているようだった。 この日の上映には原作者のひとりである磯野さんも立ち会った。万雷の拍手のなか、声をあげて涙を流していた磯野さんに濱口監督は感謝の言葉をかけていた。カンヌこぼれ話③3作品コンペ入り、過去にも 今年のカンヌ国際映画祭は、日本人監督による3作品が長編コンペティション部門に入ったことで大きな話題となっている。2001年以来25年ぶりのことで、日本映画界にとって喜ばしいニュースだが、カンヌの歴史をひもとくと、3作品コンペ入りは何度か確認できる。 初めて3作品が入ったのは1952年。この年は、カンヌに日本作品が初出品された年としても記憶されている。 作品は吉村公三郎監督「源氏物語」、中村登監督「波」、佐伯清監督「嵐の中の母」。そのうち、「源氏物語」で撮影を担当した杉山公平が撮影賞を獲得した。これもカンヌにおける日本映画の最初の受賞として知られている。 翌53年も新藤兼人監督「原爆の子」など3作品が入った。54年も同様で、衣笠貞之助監督「地獄門」が日本映画として初めて最高賞のグランプリを獲得するに至った。 55年と56年も3作品で、「5年連続の快挙!」と言えそうなものだが、この頃のカンヌの出品国は限られており、複数作品の参加が当たり前。開催国のフランスは当然としても、ハリウッドを擁する米国は4~6作品を出品、イタリアも3~4本を出品していて、日本がとりわけすごいとは言えそうにない。そもそも日本の映画産業は当時、黄金期を迎えており、映画大国でもあったのだ。 ただ、こうした複数作品の参加により、最高賞を得た「地獄門」に限らず、日本映画に光が当たったのは事実。日本映画界指折りの巨匠溝口健二と黒澤明の両監督作品がカンヌでお披露目されたのもこの頃だ。近年、再評価の機運にある田中絹代監督が、「恋文」でコンペに入ったのも54年だったことは特筆したい。 コンペに長編3作品が入ったのは、前世紀では50年代のみ。カンヌ映画祭の部門の拡充と、日本映画産業の退潮が進み、徐々にコンペ入り作品が1作もない年が見られるようになる。14日17:45アニメ映画「我々は宇宙人」、監督週間で上映 独立部門の「監督週間」に参加しているアニメーション映画「我々は宇宙人」が14日、公式上映された。門脇康平監督のほか、声で出演した俳優の坂東龍汰さんと岡山天音(あまね)さんも駆けつけた。 YOASOBIの「優しい彗星(すいせい)」のミュージックビデオを手がけた門脇監督の初長編作品。企画・脚本・監督を担い、構想から5年をかけて制作したという。 舞台は、平成の田舎町。小学3年の内気な翼は、クラスの人気者で底抜けに明るい暁太郎と親友になる。濃密な時間を過ごしていた2人だったが、ある日、暁太郎が学校で浮いた存在となり2人の関係性に変化が起き始める。 すべての絵は監督自身による手描き。青年になった翼を演じた坂東さんは「魂がこもりすぎちゃってるなと思いました。脚本を最初に読んだ時から、『この映画は絶対何かが起きる』という確信が持てました」と語る。監督の演出については、「妥協が一切ない。すごくこだわりを持って演出してくださるなという感じでした」。 青年になった暁太郎を演じた岡山さんは「微細で緻密(ちみつ)な部分にこだわって編まれた作品」と表現した。海外の観客の目に触れることについては、こう期待を寄せた。「日本の片隅で生活している2人の半生を追う作品ですが、個人的なものの蓄積の上で普遍的な核みたいなものが立ち上がってくる。だから国は関係なく反響し合う部分はあると思います」 門脇監督は、作画のために新潟や高知など全国各地でロケハンをし、印象的な景色などをパッチワークして平成の日本を表現した。特定の町にしなかったのは、「自分が住んでいた町のようだ」と観客に没入して見てもらうためだという。 日本的な文化や風景がふんだんに登場する作品ではあるが、翼や暁太郎が子供時代に感じていた繊細で複雑な感情は国を越えて通じるものがあるのでは、と期待する。「心の痛みや喜び、悲しみといった誰もが共有しているものを提示するような作品だと思う」 同作は6月に開かれる仏アヌシー国際アニメーション映画祭の長編コンペティション部門にも出品される。カンヌこぼれ話②戦後に第1回開催 最高賞は11本? 「幻の第1回」と世界大戦を経て、正式にカンヌ国際映画祭が開かれたのは7年後の1946年9月だった。この年が真の第1回として映画史に記録されている。 5月に開催されるいまと違って、当初は秋の開催。秋から春に変わるのは、51年からだ。 映画祭の形式も大きく異なっていた。 第1回は約20カ国から長短編100本以上が集まった。現在の長編コンペティション部門では最高賞パルムドールを競うが、そもそも最高賞の呼称は「グランプリ」。そのグランプリも1作品に与えるのではなく、各出品国から一つが選ばれた。その数、11本。今から考えれば大盤振る舞いの映画祭だったと言える。 この11本には、有名な作品の名前を確認できる。ビリー・ワイルダー監督「失われた週末」(米)やデビッド・リーン監督「逢いびき」(英)、ロベルト・ロッセリーニ監督「無防備都市」(伊)がその代表格だ。 ちなみに、47年の第2回は「恋愛・心理」や「社会派」、「ミュージカルコメディー」などのジャンルに分け、各ジャンルごとに最高賞の授与があった。すべての出品作から最優秀作品が選ばれることになったのは49年の第3回(前年は休止)。真の初代最高賞は、キャロル・リード監督の「第三の男」(英)だった。13日17:00「ナギダイアリー」上映に総立ちの拍手 深田晃司監督の「ナギダイアリー」が13日、コンペティション部門に参加する全22作品のトップをきって公式上映された。 深田監督のほか、出演者の松たか子さんや石橋静河(しずか)さんらが立ち会い、上映後には総立ちの観客から大きな拍手が送られた。【動画】深田晃司監督の「ナギダイアリー」が公式上映され、総立ちの観客から大きな拍手が送られた=小峰健二撮影 自然豊かな田舎町「ナギ」で創作に打ち込む彫刻家の寄子(松たか子)のもとを、弟の元妻で建築家の友梨(石橋静河)が休暇で訪れる約10日間を描く。寄子の幼なじみの好浩(松山ケンイチ)や、その息子らとの関係も絡みながら、それぞれが抱える過去や胸の内が次第に明らかになっていく。 上映後に取材に応じた深田監督は「こうして映画が世に放たれたことをとてもうれしく思う」と話した。 2016年に第2コンペの「ある視点」部門で「淵に立つ」が審査員賞を受賞したのを皮切りに、昨年はカンヌプレミア部門で「恋愛裁判」が上映されたが、深田監督にとってカンヌ映画祭のコンペ部門は初。初めてメイン劇場の「グランドシアター・リュミエール」で上映されたことについては、「広く、すごく奥行きがある。それだけの空間で世界初の上映を共有できるのはとてもありがたい」と感慨深げだった。 「ナギダイアリー」は、深田監督が17年から岡山県奈義町に滞在し、住民と交流しながら脚本の執筆や撮影を行った。深田監督は「映画が持っているプリミティブ(原始的)な役割は、世界を知るための窓であるということ。ヨーロッパの大きな映画祭で日本のローカルな景色や人々や生活の様子を見てもらえたのは意義がある」と振り返った。 初めて海外映画祭に参加するという松さんは「映画祭を盛り上げるぞという雰囲気が街全体から伝わってきて、とても華やかなエネルギーを感じています」と話した。上映に立ち会った感想を問われると、「自分が出演したものをお客様と一緒に見るということが基本的にないので、『罰ゲーム』みたいだなと思いました」と笑いを誘った。 石橋さんは、レッドカーペットを歩く前に監督から「カンヌでは観客が途中で席を立つことはよくあるので、傷つかないように」と助言されていたと明かした。「覚悟していましたが、私が見る限りでは、たくさんの方がいなくなるということはなくて、皆さん入り込んで映画を見てくれていてすごくうれしかったです」。映画祭については「憧れていたけど、願ったからといって来られるものでもない。本当に監督に感謝しています」と語った。 「ナギダイアリー」の日本公開は9月25日。新宿ピカデリー、ユーロスペースなど各地で上映される。12日19:00ベルリン映画祭とは対照的な発言 多くの映画祭では、夜の開会式前にコンペティション部門の審査員団による記者会見が開かれる。カンヌ国際映画祭でも同様で、審査員長らが各国の記者の質問に答えていった。 「政治と芸術は切り離すべきものとは考えない」。そう述べたのは今回審査員長を務める韓国の映画監督パク・チャヌクだ。「それらが対立するものと考えるのは奇妙な考え方だ」とも語った背景には、約3カ月前のベルリン国際映画祭の姿勢と、ビム・ベンダース監督の発言があった。 今年2月に開かれたベルリン映画祭は、ガザ侵攻をめぐりパレスチナの人々に連帯を示さなかったために批判を浴びていた。開会前の審査員会見で、こうしたベルリンの姿勢への見解を問われたベンダース審査員長の発言が火に油を注ぐことになった。 ベンダースは「私たちは政治の領域に入ることはできない」「私たちは政治への対抗軸であり、政治とは反対の存在だ」と発言したのだ。さらに、会見の2日後には映画祭ディレクターが「アーティストは政治問題について発言することを期待されるべきではない」とする声明を発表した。期間中、上映された作品群より、映画祭側の姿勢や発言ばかりが話題になってしまった。 こうした経緯があって、映画と政治をめぐる質問を記者らはぶつけたのだった。おそらく質問を想定していただろうパク審査員長は、先述の言葉に続けてこう語った。 「芸術作品に政治的主張があるからといって、それが芸術の敵とみなされるべきではない。同時に、政治的主張がないからといって、その作品を無視すべきでもない」「芸術と政治は相反する概念ではなく、芸術的に表現されている限りにおいて、それぞれに価値があるということだ」 スキャンダラスに報じられたベンダースのときと異なり、パクの発言は現地で好意的に受け止められていた。12日19:00パルムドールなるか 華やかに開幕 映画祭は12日夜(日本時間13日未明)開幕した。 最高賞パルムドールを競うコンペティション部門22作品の中に、是枝裕和監督の「箱の中の羊」、濱口竜介監督の日仏など合作「急に具合が悪くなる」、深田晃司監督の「ナギダイアリー」が選ばれている。 日本人監督による3作品がコンペ入りするのは2001年以来25年ぶり。各賞は23日夜(同24日未明)に発表される。 映画祭のメイン会場付近には、開幕前から映画関係者やテレビクルー、報道記者らが続々と集結。オープニング上映が近づいてくると、華やかに正装した男女が会場に向かって歩いたり、観光のグループ客らがメイン会場のレッドカーペットを背景に写真撮影したり。各所でパーティーの準備が進み、南仏のリゾート地はお祭り気分に包まれていた。 メイン会場に大きく掲げられているのが公式ポスターだ。今年はリドリー・スコット監督の「テルマ&ルイーズ」に出演する2人の女性をモチーフにした。1991年に公開された同作をポスターとして選んだことについて、映画祭はこうコメントしている。 「この2人の忘れがたいファイターは、社会や映画界にはびこってきたいくつかのジェンダーのステレオタイプを打ち砕いた。彼女たちは、絶対的な自由と揺るぎない友情を体現し、解放が不可欠となる時の道筋を示してくれた。このことをいま思い起こすことは、歩んできた道をたたえることであり、先にある道を見失わないことを意味する」 映画はカラー作品だが、白黒のデザイン。「ファイター」のたたずまいもあってか、初夏の日差しのもと力強い印象を受けた。 ポスターは毎年変わっているようで、2024年は黒澤明監督の「八月の狂詩曲」の場面があしらわれた。是枝裕和監督が「万引き家族」でパルムドールを受賞した18年はジャンリュック・ゴダール監督の「気狂いピエロ」にオマージュが捧げられていた。カンヌ映画祭、25年前との類似点 コンペに3作「日本の黄金期」カンヌこぼれ話①映画祭幻の「第1回」 今年で79回目を迎えるカンヌ国際映画祭は1946年に始まった。しかし実は、「第1回」が39年に開かれる予定だった。 「カンヌ映画祭の50年」(アスペクト刊、樋口泰人編)によると、カンヌ映画祭の構想が生まれたのは38年9月のこと。最古の映画祭であるベネチア国際映画祭に、国の代表として参加したフランス政府の役人と映画批評家がその帰途、夜行列車で意気投合したことでアイデアが生まれたという。 この年のベネチアは、最高賞にあたる「ムソリーニ杯」を2作品に用意した。一つは、ナチス・ドイツの圧力によって、レニ・リーフェンシュタールによるベルリン五輪の記録映画「民族の祭典」に与えられ、もう一つは、ムソリーニ自身が監修したイタリアの国策映画「空征(ゆ)かば」に贈られる結果になった。 時のファシスト政権の色に染まった受賞結果に憤りを覚えたフランスの2人は、政治権力から独立した映画祭を作ろうと決意した。フィリップ・エルランジェという名の役人は帰国後、上司の文部芸術大臣、内務大臣らにかけあい、映画祭開催を具体化させていったという。 時期は翌39年9月1日から20日に決定。ベネチア映画祭が閉幕する翌日に開幕日を設定したあたりに、相当なライバル心が垣間見える。場所は景勝地として世界的に有名な南仏のカンヌに決まった。 準備も整い、米国の大スターであるゲイリー・クーパーらも迎えた。しかし、開幕日の1日。ドイツがポーランドに侵攻して世界大戦が始まり、1本を上映しただけで映画祭は中止となってしまった。 反ファシズムをきっかけに華々しく開催する予定だった映画祭の第1回は、皮肉にもファシズムの蛮行によって夢を打ち砕かれ、幻となってしまったのだ。
















