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現存する日本最古の学生寮である京都大学の吉田寮。耐震化の工事のため、学生たちが一時退去する3月を前に、何度か足を運び、寮生たちに話を聞きました。印象的だったのは、建物の歴史だけではなく、その中で育まれてきた独自のコミュニティーのあり方でした。(朝日新聞映像報道部・有元愛美子)上級生にも呼び捨てでため口1913年に建てられた「現棟」、2015年建築の「新棟」、同年に耐震工事が完了した食堂がある吉田寮では、約100人の学生が自治のもとで暮らしてきました。取材初日。私は同僚と一緒に、吉田寮の玄関に足を踏み入れました。2月の雪が降った次の日で、まだ空気はかなり冷え込んでいました。廊下を歩くと、木造の床がぎしぎしと音を立て、どこかからすきま風が入り込んできます。けれど、その寒さの中でまず強く印象に残ったのは、寮生同士のコミュニケーションでした。取材の窓口になってくれたのは一回生(1年生)の寮生。スケジュール調整や対応を丁寧にしてもらい、細かなところまで気を配ってくれました。こちらが「他の寮生にもお話を伺えますか」とお願いをすると、その寮生はためらう様子もなく、呼び捨てで上級生にこう声をかけました。「後でここにきてもらっていい?」呼び捨てにため口。けれど、遠慮するわけでも、申し訳なさそうにするわけでもない。言う側も言われた側もごく自然な振る舞いとして受け止めていました。吉田寮には、「敬語非推奨」という文化があります。年齢や立場を理由に上下関係を生まないため、寮生同士はできる限り敬語を使わないという仕組みだそうです。入寮したばかりの頃は戸惑う寮生も多いものの、次第に慣れていくといいます。毎年5月ごろに行われる吉田寮祭では、入寮したばかりの一回生がチームのリーダーを務めるのが慣例だといいます。役割を担うことで、寮になじみ、意見を言いやすくなっていく。そんな仕組みに支えられ、日常生活や、寮の会議では年齢や立場に関係なく、発言できるようになっていくのだそうです。同僚との関係に変化「ため口にしません?」取材を終えた帰り道、同僚と顔を見合わせ、思わず同じ言葉を口にしました。同僚は、転職してきて私よりも年齢が上ですが、社歴では私の方が長い……。互いに必要以上に気を遣い、どこか微妙な距離感があったように思います。丁寧に話そうと思うがあまり、遠慮が生まれる。軽く共有したいだけなのに、敬語になることで「上から目線に聞こえていないか?」と余計な心配をしてしまう。しかし、言葉を崩した途端、会話の質が変わりました。「やっぱり私、こうした方がいいと思うんだよね」「こうしたくない?」言うべき意見が、自然に出てくる。悩んだこと、迷ったことを気軽に話すようになり、取材する中での驚きや感動、もっとこうした方がいいという意見をフランクにいえるようになっていきました。敬語が悪いわけではないけれど、固い言葉を使うことで、無意識のうちに壁を作ってしまう。たかが言葉、されど言葉。言葉は、関係性の地盤なのだと体感しました。「女性だから」にならない場所もうひとつ、忘れられないのは、女性の寮生へのインタビューです。彼女は寮の外で経験したことを話してくれました。「なんで女子なのに浪人しているの?」そんな言葉を投げかけられたのだといいます。道を歩くだけで、居酒屋に入るだけで、いやな思いをすることもある。「年下の女」というだけで、求めてもいない助言をされる……。性別や年齢だけで判断され、居心地の悪さを感じることが珍しいことではなかったと言います。しかし、吉田寮の中では違ったと言います。「ここでは、女性だから、男性だから、という理由で分けられることはなく、一人の寮生として対等に扱われます。だから『女性だから意見が通らない』と感じたことはないんだと思う」もちろん、引っかかりを感じたこともあるそうですが、そんな時には寄り添ってくれたり一緒に怒ってくれたりする人がいました。「その安心感があります。外では『たいしたことないじゃん』『気にしすぎだよ』と言われてしまうことも、ここではちゃんと考えてくれる人がいる。傷ついている人が見過ごされない空間にもっとしていきたいです」と話します。いやな出来事があってそれを伝えても、「気にしすぎだ」と言われてしまい、誰にも言えなくなってしまうことがあります。しかし、ここでは、「一人で抱え込まなくていい」という周囲のメッセージが伝わってくるのだと感じました。「性別だけではなく、国籍や立場、属性、バックグラウンドに関係なく受け入れ、『あなたはここにいていいよ』という姿勢を作り、それを掲げて実際にそこに向かっています。こんな空間があるということが希望です」と話してくれました。「迷うなら取っておく」耐震化の工事のため、学生たちは現棟から3月末までに一時退去することになっていました。学生たちは新棟などに移り、工事の後に戻ることになっていました。その引っ越しに追われていた3月。寮には歴代の寮生が残してきた様々な物があったといいます。元寮生が出馬した際の選挙ポスター、期限の切れたクーポン、磁石が弱くなったマグネット……。一見すれば不要に思えるものもあります。しかし、その時の判断についてある寮生はこう話していました。「誰かが大切に思うかもしれない物は、全て取っておくことにしました」寮生たちの「迷うなら捨てずに取っておく」という姿勢は、私にとって新鮮で、強く心を引かれるものでした。私の中では、定期的に断捨離して、整理整頓され、必要最低限の物で生活することや、「いるかいらないか迷うくらいなら捨てる」ことが良いこととして受け止められてきたからです。実際、寮では捨てずに残してきたからこそ守られてきた物もありました。部落解放運動の組織「水平社」の、およそ100年前のものと見られるビラ。1958年に寮の管理人が書いていたとされる寮日誌。処分されることなく残ってきたそれらは、吉田寮が積み重ねてきた歴史の蓄積そのものでした。「汚いからこそ、生きている」寮生たちを取材して感じたのは、「人も生き物も、汚れもそのまま受け入れる」ということでした。想像以上に、アレルギーの人が多いことにも驚きました。実際、寮の中は雑多で、ほこりも舞っています。アレルギーだったら息は苦しいはずなのに、なぜかみんな生きやすそうに見えました。寮のパンフレットで、寮生の野々上玲音さんは、こう記していました。「吉田寮は、きれいではない。けれど、その『汚さ』の中には、必死さがあり、自由さがあり、確かな美しさがある。磨き上げられた清潔さではなく、生きてきた痕跡としての汚れ。その中で、人が人として生きている」自治のもと過ごす寮生活では、寮生同士がぶつかり合い、時にはけんかになることもあるといいます。それでも衝突を避けるのではなく、異なる意見をぶつけ合いながら話し合う。他者との違いに向き合い、対話を続けていく。そこには、共に暮らし続ける上での、努力の積み重ねがありました。「暗さを認められる場所は生きやすい」吉田寮の撮影を続けている、写真家で寮生の板谷めぐみさんは3月、現棟からの一時退去を前にこう話しました。「最近の建物は、LEDで均一に明るく照らされ、きれいで見やすい。でもここ(現棟)は点々と心もとない蛍光灯によって、光と影ができる。そんな暗さを認められる場所はすごく生きやすいと思う」「写真を撮っていても、どの写真にも絶対に影がある。私はその影が好きで、あえてフラッシュはたかずに影と共存できるような写真を撮ろうと思っている」取材をしていた時点で、大学側はどのような耐震工事をするのか明らかにしていませんでしたが、4月14日に「その建築物としての歴史的経緯に配慮しつつ建て替える」とする方針を突然、発表しました。光の届かない、照明の裏側から物事を見ること。社会の中で「これが善」「これが当たり前」とされてきたものの反対側に目を向けること。暮らしの中で、そういったことを自然に実践してきた空間があり、それによって救われる人がいます。だからこそこれからもこの場所を守り続けていかなければいけないのだと感じています。※一部端末では、最初の画面が正しく表示されない場合があります。その場合は、画面右下の「Matterport」ロゴをタップしてください。ニュースが身近になるメディア「withnews」https://www.asahi.com/withnewsTikTokアカウント:https://www.tiktok.com/@withnewsYouTubeアカウント:https://www.youtube.com/@withnewschannel






