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Re:Ron連載「永遠の生徒 山内マリコ」第16回【エッセー編・後編】なにかと教えを請われることが多くなったけれど、学び続ける「永遠の生徒」でありたい 。作家の山内マリコさんが、第一線で活躍する「先生」たちに教えを請い、対話編とエッセー編を交えて深めていきます。【前編はこちら】演劇こそが人生の真の悦び? 遠藤周作と文士劇と私 5月、新緑の麗しき初夏。例年なら旅行の予定を入れがちな気持ちのよい季節だが、私の頭は文士劇でいっぱいだった。本番は23~24日。今年のはじめから月に数回ペースで重ねてきた芝居の稽古を、本番前の2週間で一気に仕上げる段取りに戦々恐々。配られたスケジュール表を見ると、午後1時から6時まで毎日がっつり稽古の予定が組まれているではないか。不安だ……。体力にまったく自信がないので途中でダウンしないか心配すぎる。 気がかりはほかにもあった。引き受けてしまった原稿依頼の締め切りがいくつかあること。おしゃべりのくせに喉(のど)が弱くて、そこから風邪をひきがちなこと。あと、セリフが全然覚えられないこと。 スタジオで本格的な稽古がはじまってからも、私はいつも台本をガシッと胸に抱えていた。みんな早くからセリフを入れて稽古に励んでいたのに、私ときたら……。さすがに焦りだし、ノートにセリフを書き起こして何度も読み返したり、スマホに録音したセリフを聞いてはぶつぶつ復唱しながら稽古場へ行ったりした。依頼原稿の締め切りを守りながら、一日たりとも休まず稽古に通った。こんなにまじめになにかを頑張ることが私の人生にあっただろうか(否、ない)。 稽古は日々、細部が詰められていった。それまで何も持たず「ふり」で演じていたシーンも、美術スタッフの方が用意した大道具、小道具によって引き締まっていく。音響さんが戦争シーンで爆撃音を鳴らすと芝居に切迫感が生まれた。出演者は素人だが、そのお膳立てに回るスタッフさんは全員プロフェッショナルというのも文士劇の醍醐(だいご)味だ。私たちはプロの手のひらの上で、文字通りダンスしているにすぎない。 頭からエンディングまでノンストップで「通し稽古」をするようになると、それまで点で存在していた場面が一本の線でつながり、物語として立ち上がっていく。スタジオ稽古の終盤、数カ月前に採寸していた衣装ができあがる。着替えて通し稽古を行うと、一気に本番さながらの雰囲気になり、舞台の仕上がりがかなり見えてきた。 通し稽古の様子は毎回、撮影される。夜には全員に視聴リンクが送られ、客席から自分たちがどんなふうに見えているかチェックできた。動画で自分の演技を見て私は思った。芝居が小せぇ。コスチュームプレーなんだからもっと体を使って大げさにやらないと、セリフをこちょこちょ言ってるだけではなにも伝わってこない! 私はハードディスクに録画してあった舞台作品をいくつか見直し、なるほど声の抑揚や表情だけでなく、ここまで全身を使って表現しているのかと、にわか勉強した。明日はもっとこう演じよう、このシーンはこれを試してみようと、毎日ちょっとずつ工夫するようになる。だけど、小手先の表現手段を練っているだけでは、メラニーという役の核心はつかめない。*** 映画版でメラニーを演じたオリビア・デ・ハビランドのおとなしいイメージに引っ張られて、ついつい清楚(せいそ)でけなげな「いい子ちゃん」をやろうとしてしまう。そのうえ病弱なので弱々しさを強調したくなるが、そのたびに演出の五戸真理枝さんから「もっと強い女性だと思います」と指摘が入った。慌てて原作を読み直し、メラニー像を組み立てていく。それまではセリフを言うだけで精いっぱいで、人物をどう把握するかまでは頭が回っていなかった。【対話編】山内マリコ×五戸真理枝 変化する演劇界で「文士劇」を演出するまで 主役のスカーレット・オハラは大変ギャルみの強いはじけたキャラクターだ。とても明快で爽快。戦後の日本映画には「アプレ」(仏語で「戦後」を意味する「アプレゲール」の略。古い道徳や慣習にとらわれない新世代のこと)のお嬢さんがたびたび出てくるが、あの系譜に属する。生きているのは19世紀の南北戦争の時代だが、彼女は現代人、モダンガールなのだ。いっぽうのメラニーはというと、かなり精神年齢が高く、賢者特有の落ち着きのあるレディーである。この時代にあって自分の意見を持ち、それを人前で口に出して堂々と言える稀有(けう)な、有能な女性だ。 翻訳者の鴻巣友季子さんの謎とき本をめくると、『風と共に去りぬ』は「ダブル(分身)ヒロインもの」とあり、原作者のマーガレット・ミッチェルも「メラニーこそがこの本のヒロイン」とまで書き残しているそう。スカーレットとメラニーが、もとは一人のキャラクターとして造形されていたことには驚いた。スカーレットがすっきりシンプルなのは、複雑な部分をメラニーが請け負っているからという分析も興味深い。スカーレットとは対照的なだけでなく、互いに補完し合う関係性なのだ。 スカーレットは最初、メラニーの夫アシュリに堂々と横恋慕する。といってもメラニーには、スカーレットを敵視する心は微塵(みじん)もなく、彼女の豪快な性格をむしろ憧憬(しょうけい)している。二人はやがて戦禍を共にくぐり抜け、家族として暮らした時間を共有する、かけがえのない存在になっていく。 『風と共に去りぬ』が出版さ…






