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Re:Ron連載「永遠の生徒 山内マリコ」第16回【エッセー編・前編】なにかと教えを請われることが多くなったけれど、学び続ける「永遠の生徒」でありたい 。作家の山内マリコさんが、第一線で活躍する「先生」たちに教えを請い、対話編とエッセー編を交えて深めていきます。 もう3年前になるが、講演会に呼ばれ、主催である〈町田市民文学館 ことばらんど〉の展示室にお邪魔させてもらったことがある。そのときちょうど開催していたのが、生誕100年を記念した遠藤周作の企画展だった。町田に長く住んでいた縁で資料が寄贈され、この文学館ができるきっかけにもなったという。 あまり読んでこなかった作家ながら、展示は素晴らしくおもしろかった。代表作『沈黙』をはじめとする日本人のキリスト教受容といった難しいテーマも、現代の目で見ると、どこか「宗教二世」の問題につながる部分を見いだせたり。ちゃんと読んでみたいなぁと思いながら展示のガラスケースをのぞいていたところ、ちょっと様子のおかしなパートが現れて、「んっ?」と目を凝らした。遠藤周作が〈劇団樹座〉というアマチュア劇団を創設し、自ら座長を務めていたというのだ。言論サイトRe:Ronはこちら 舞台の様子を撮ったスナップ写真から漂う、シロウト特有のへっぽこ感は、たしかに本物だった。錚々(そうそう)たるプロの役者ではなく、無名の一般の方々が衣装を着て舞台に立っている。じわじわくるが、樹座は大変な人気劇団であり、チケットは常に即完。帝国劇場のみならず、なんとニューヨーク公演まで成功させているという。 昭和の超一流人気作家がよりにもよって素人劇団を主宰……なんで? という感じで、樹座の逸話は強烈に記憶に残った。関連エピソードもことごとく胸を打つというか、素敵にユーモラスなのだ。たとえば、オーディションでは演技経験者や上手な人から先にふるい落とし、下手な人から合格にしたとか。見せ場が多い主役などのいい役は大勢がやれるように、複数のキャストで順番に演じるスタイルだったとか。 その一方でまじめな話、演劇こそが人生の真の悦(よろこ)び、人生の醍醐(だいご)味、これに勝るものなし、みたいな思いも遠藤周作にはあったらしい。舞台を観(み)るのが趣味のひとつである私は、「演劇こそが人生における最大級の悦びなのだ」と言われれば「たしかにそうかもな」と、スッと腑(ふ)に落ちるものがある。 「喜び」と「悦び」は違う。悦びは内面から湧き上がり、一人でじっくりとかみ締めること。じゅわっと内側からにじみ出てくるようなもの。特別な、そうそう味わえないもの。 多くの舞台は、おおむね約2~3時間ほど上演される。すべてのシーンが終わって照明が落ちたら、カーテンコールの時間だ。演者たちが役から素に戻って、やりきった誇らしげな顔で一列に並び、観客から拍手を浴びる。3分にも満たない短い時間だけれど、そこにはなにかギュッと、人間の得られる悦びのなかでも最上のものが、たしかに凝縮している感じがする。 観客としての私はいつも、拍手する側である。拍手するほうも楽しい。拍手するだけでも十分だ。けれど、こうも思う。あちら側は、どんな気持ちがするんだろう? そこには得も言われぬ人生の真の悦びがあるのかしら? 舞台に立つって、そんなにいいのかしら?*** 話は変わって私はここ数年、〈日本文芸家協会〉という文筆家の所属する職能団体の理事会にせっせと出席している。小説家をはじめ、詩人・歌人・俳人・批評家・ノンフィクション作家・エッセイスト・翻訳家などが加入する相互扶助的な組織だ。ちょうど私が理事を拝命したころから、創立百周年の記念事業がいくつか動き出していて、理事会では毎回、それらの進捗(しんちょく)状況が報告された。〈文士劇〉は、百周年記念の目玉事業だった。 文士劇……。現代人は知らなくて当然のワードだ。文士、つまり小説家などの物書き人種が舞台に立つアマチュア演劇のことで、ルーツをたどると明治時代に尾崎紅葉らが上演したのが最初という。文芸春秋社が戦前から「文春文士劇」を主催していたといい、かつては出演すること自体が名誉な、人気イベントだったのだ。 そもそも専業の物書き自体、活字メディアの発達によって誕生した新しい職業だったことを考えると、百年前の文士はいまのユーチューバーというか、勢いのある業界で活躍する、身近な存在だったんじゃないかと思う。文芸の世界というと権威的なムードが漂うけれど、それはシーンが成熟したからで、始まりはいまのネット文化に近い新しさがあったんじゃないかと。文士劇も最初はきっと、ファンが生身の発信者を拝めるフェス的な位置づけだったのでは? 文士劇の最盛期は昭和30~…