コラム・寄稿刻々と変わる街…リニア新幹線を待ち続けた故郷で思う「夜明け前」宮嶋加菜子印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする
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連載コラム「彩々」 国際報道部長代理・宮嶋加菜子このコラムは…身の周りで起きたことや取材の場で見聞きしたことを糸口に、いまの社会を読み解きます。多彩なテーマ、多様な視点をお楽しみください。 長野県の実家へのお盆の帰省に合わせて、行ってみたい場所があった。 実家から車で30分ほど、飯田市にある「リニア展望台」だ。東京―名古屋を結ぶリニア中央新幹線。展望台からは、飯田市に設置される長野県駅(仮称)周辺の工事が一望できるという。 展望台に近づくにつれ、街の景色が一気に変わり始める。田畑を背景に大型クレーンが突然姿を現し、住宅や店が立ち退いた跡地には広大な工事ヤードが続く。その先の天竜川には白い巨大な橋脚が連なり、近未来的な風景を作り出す。その奥に伊那山地、南アルプス。東京・品川に向かうルートだ。 家だけでなく、道路も店も墓地も場所を変える。眼下に広がる見たことのない工事の風景に、思わず息をのんだ。 南信州で生まれ育った私にとって、リニアは特別な存在だった。 国鉄(当時)で超電導リニアの研究開発が始まったのは東海道新幹線開業2年前の1962年。73年、甲府市や名古屋市の付近などを通って東京都と大阪市を結ぶ中央新幹線の基本計画が決定した。 内陸部を走って大都市間を結ぶ新幹線計画に、長野県は沸いた。子どもの頃から「みんなが大人になるころには、リニアがやってきて、東京まであっという間になるに」と聞かされた。 2013年に飯田市に新駅ができると発表された頃、実家の台所に貼られていた地元商工団体作製のカレンダーには、輝くリニア車両の横に「いま、南信州の夜明け」の文字。カレンダーには2012年から開業目標とされた27年まで計16年分の暦が1枚に収められている。毎年帰省の都度、「なるほど、まだ夜明け前なのか……」と、考えさせられた。 地元の鉄道網といえば、峡谷…この記事は有料記事です。残り602文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません
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