インタビュー第6回「渋谷系の女王」野宮真貴さんが語る 世界一の街、集まるカルチャー森本未紀 滝沢文那印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする
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連載「渋谷考 セゾン文化と再開発の間で」(5) 「百年に一度」と言われる大規模再開発で、変わりゆく渋谷の街並み。1990年代にはレコード店やクラブが集積し、音楽好きな若者たちの間から「渋谷系」と呼ばれるムーブメントが起こりました。 そのファッションアイコンにして「渋谷系の女王」とも呼ばれたのが、元ピチカート・ファイヴの歌手・野宮真貴さんです。当時の渋谷系カルチャーと、現在の街の変化について、話を聞きました。渋谷を変えたセゾンの「知」の香り 不便な高低差、おしゃれな坂道に三宅一生もギャルも渋谷から 百貨店と街が作ったファッション発信地 ――ピチカートは、小西康陽さんや野宮さんによるバンドで、音楽からファッション、デザインまで徹底したこだわりを貫き人気を博しました。小山田圭吾さんと小沢健二さんのフリッパーズ・ギターや、田島貴男さんらのオリジナル・ラブと並び、「渋谷系」の代表格として語られています。 あの頃、渋谷でだけ特に売れる邦楽が出てきて、最初は「渋谷もの」と呼ばれていたみたいです。それに注目したHMV渋谷店のバイヤー太田浩さんが「渋谷系」のコーナーを作ったことでその名が広まった感じでした。全国のメインストリームは小室サウンドになっていったかもしれないけど、渋谷では別のムーブメントが起きていたんですよね。 私がそれに気付いたのは、93年に「東京は夜の七時」という曲ができた頃。メンバー同士で「私たちの音楽、渋谷系って呼ばれているみたいだね」と話したのを覚えています。 ――渋谷系は、洋楽の影響と…この記事は有料記事です。残り2429文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりませんこの記事を書いた人滝沢文那文化部|演劇担当専門・関心分野演劇、批評、思想、文学、芸能・放送関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする






