ストーリー2026年8月22日 8時30分武田肇印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする

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原爆投下から数日後に広島で撮影され、海外でも知られる写真「手押し車で運ばれる母子」に、当時6歳で写る吉田恵美子さん(2025年8月死去)のインタビュー映像が21日、広島平和記念資料館(広島市中区)に寄贈された。比治山女子中学・高校(現比治山学園中学・高校)の放送部が07年に制作した作品で、資料館は「原爆の非人道性を伝える貴重な映像」として公開する。部室に眠っていた被爆者の証言、公開へ 放送部員が19年前に制作原爆記録写真に写った少女を取材 写真は1945年8月9~12日ごろ、広島市皆実町(現南区)で、朝日新聞大阪本社写真部員、宮武甫(はじめ)氏が撮影した。被爆で大やけどを負い顔に包帯を巻いた吉田さんと母、その2人を手押し車に乗せ、救護所へ向かう父の姿を捉えている。 戦後7年に、「原爆被害の初公開」を掲げて大きな反響があった雑誌「アサヒグラフ」の特集に掲載されるなど、原爆記録写真を代表する一枚として知られる。 同校放送部の生徒たちは07年、写真の3人のうち吉田さんだけが健在だと知り、本人インタビューや関係者取材に取り組んだ。20時間近い映像をもとに5分のドキュメンタリー「写真はつなぐ」を制作。全国高校総合文化祭で優秀賞を受賞した。 その後は部室で保管されていたが、吉田さんが昨年8月に急逝したことをきっかけに、当時から顧問を務める桑田和徳教諭(51)が資料館への寄贈を決めた。新たに英語字幕「恩返しできた」 寄贈には当時部長だった福井(旧姓橋本)彩加さん(35)、撮影を担当した小村(旧姓松原)衣里さん(36)のほか、英語字幕を付けた現放送部員の小林彩さん(18)と福井瑞希さん(17)も立ち会った。 石田芳文館長は「近い将来、被爆者から直接話を聞けなくなる日が来るが、19年前に高校生が吉田さんの証言を映像化し、新しい世代が英語字幕を付けてリレーのようにつないだことに希望を感じた」と話した。 当時高校2年だった福井彩加さんは「吉田さんに十分お礼を伝えられなかった後悔があった。資料館で活用してもらうことで恩返しができた気がします」と話した。現在の部長の小林さんは「先輩たちの映像を何度も見て、記録を残すことの大切さを実感した」と話した。 映像は資料館東館地下1階の情報資料室で視聴できる。有料会員になると会員限定の有料記事もお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりませんこの記事を書いた人武田肇広島総局員専門・関心分野原爆・平和、朝鮮半島、鉄道関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする