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「こんな映像があったなんて」 10月初め、広島平和記念資料館学芸展示課の下村真理さんは、人づてに知った5分間の動画を見て驚いた。 年間200万人以上が来館する資料館は、被爆直後の広島を撮影した原爆記録写真を2345枚収蔵・保存する。下村さんはその収集や分析にかかわってきた。 動画は、それらの写真の中でも代表的な一枚とされる「手押し車で運ばれる母子」に、当時6歳で顔を包帯で巻いた状態で写っていた女性のインタビューだ。原爆投下直後の写真に写る包帯姿の少女 吉田恵美子さんが死去 「つらい場面を写された葛藤や、歳月を経て後世に残してほしいと願った被爆者の気持ちの変化が語られ、とても貴重。二度と撮れない映像です」 映像を制作したのは広島市の比治山女子高校放送部で、タイトルは「写真はつなぐ」。顧問の桑田和徳教諭(51)によると、2007年、当時2年生だった部員5人が作った。苦労を重ねて制作、最高賞は逃したけれど きっかけは、部員たちが学校図書室でコンテストに向けた題材探しをしていて、朝日新聞広島版に掲載された「『手押し車の母子』、相崎ハツヨさん死去」という見出しの記事を見つけたことだった。 原爆投下から数日後、朝日新…この記事は有料記事です。残り1292文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりませんこの記事を書いた人武田肇広島総局員専門・関心分野原爆・平和、朝鮮半島、鉄道関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする