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広島市の原爆ドームは、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界文化遺産登録から今年12月で30年を迎える。被爆の惨禍を伝える「負の遺産」。一時は取り壊しを求める声もあったが、ある少女が生前にのこした日記が流れを変えた。 戦後、復興が進む広島市では「見るとつらい記憶を思い出す」と取り壊しを求める被爆者らの声が少なくなかった。保存をめぐる賛否の論議が続く中、補修はされず、崩れゆくままに放置される状態が続いた。 流れを変えたのは、1960年に16歳で亡くなった楮山(かじやま)ヒロ子さんの日記だった。楮山さんは1歳のとき、爆心地から約1・3キロの自宅で被爆した。目立ったけがもなく成長したが、被爆から14年後に急性白血病を発症し、亡くなった。 病を得る前からつづっていた日記には、こんな言葉が残されていた。「目から消えるものは、心からも消える」 《広島民の胸に今もまざまざ…この記事は有料記事です。残り1450文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりませんこの記事を書いた人武田肇広島総局員専門・関心分野原爆・平和、朝鮮半島、鉄道関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする