寄稿・岡田康博さん 構成・鵜沼照都印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする
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北海道・北東北3県にある17の縄文遺跡群が、ユネスコの世界文化遺産に登録されて5年。代表的な三内丸山遺跡(青森市)の発掘に深く関わり、青森県職員として、縄文の世界遺産登録に取り組んだのが三内丸山遺跡センター顧問の岡田康博さんだ。「ミスター三内丸山」とも呼ばれる岡田さんが5年の節目で、朝日新聞に寄稿。世界遺産登録の舞台裏や今後について語った。JOMON世界遺産5年 ミスター語る① 「世界遺産登録は観光振興のためにやるのではありません」 文化庁の担当者は、穏やかながら、はっきりとした口調だった。2005年10月、青森県の三村申吾知事(当時)が、県内に所在する縄文遺跡で世界遺産をめざすと表明した直後のこと。説明に来た県担当者に対し、文化庁の官僚が返した言葉だった。青森県庁を退職し文化庁に在籍していた私は、その時のことを鮮明に覚えている。 確かに県から示された世界遺産をめざす理由は、遺跡の保全よりも観光振興や地域の活性化が主だった。世界遺産は保全のために行うものだからだ。 当時は遺跡で世界遺産をめざす自治体が、全国に100近くあったと記憶している。登録までの道が厳しいことは、世界遺産を所管する部署にいた私は間近で見て、知っていた。競争は厳しく10年以上かかることはざらで、相当の覚悟が必要だと感じていた。 また世界遺産になるまでに、史跡や特別史跡としてやらなければならないことが山ほどある。世界遺産の国内候補になることすら容易ではなかったのが実情だった。 世界遺産の候補になるためには、文化庁の審議会で選ばれる必要がある。非常にハードルが高く、自治体にとっては「開かずの扉」だった。 しかし06年、世界遺産の候補を「国内の自治体から公募する」という文化庁の方針転換によって、青森県にも世界遺産登録に挑戦する機会が訪れることになった。まさに、「青天の霹靂(へきれき)」といったところであろうか。かくして、登録実現のための戦いとも言える、長く続く取り組みが始まることになった。 知事の表明から登録まで約1…この記事は有料記事です。残り1005文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする






