ストーリー張守男印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする
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東京・上野のアメ横に、草分け的存在のミリタリーショップがある。創業者は戦後、ヤミ市で軍服を売り、店を構えてからは戦時中の生活用品を集めた。私設の「戦争防止資料館」で公開するために。「軍服は戦場ではなく街で着よう」と言い続けたが、夢を果たせぬまま亡くなり、膨大なコレクションが残された。 店内にひしめく米軍払い下げの軍服や、軍服のレプリカ、装備品……。「中田商店」は、数多くのミリタリー商品を販売する老舗だ。 「父は平和と自由を求める人だった。戦争映画も見ず、ひたすら歴史研究や戦時中の『本物』を集めていた」「軍服は街で着よう」に込めた思い 2019年に91歳で亡くなった創業者の中田忠夫さんについて語るのは、次男で2代目の哲二さん(67)。ともに働きながら、父の平和や自由に対する強い思いを感じてきた。ベトナム戦争時の米国での反戦運動にも影響を受けていたといい、病に倒れる直前まで店に立った。 山口県出身の忠夫さんは終戦直前の45年7月、中国へ渡った。日中戦争下で鉄道経営を担った国策会社「華北交通」に就職するためだった。勤務し始めてまもなく敗戦、半年ほどで帰国することに。日本人の同僚6人と帰国するはずが高熱を出し、1人だけ現地にとどまった。 数カ月後、6人が現地の警察に勾留されていることを知った。八路軍(中国共産党軍)への入隊を疑われ、拘束されたという。栄養失調で4人が獄死。いずれも中田さんが葬った。 帰国して広島のヤミ市で商売を始めた。旧陸軍の被服工場から軍服を買い取り、販売した。数年後、アメ横に小さな店を構えた。モデルガンの販売と、1975年ごろに沖縄で仕入れた米軍払い下げの軍服も当たり、店は次第に大きく有名になった。「トップガン」「踊る大捜査線」で人気に 80年代にはトム・クルーズ…この記事は有料記事です。残り673文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません
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この記事を書いた人張守男ネットワーク報道本部|首都圏ニュースセンター専門・関心分野まちづくり、人口減、AI、不動産関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする






