インタビュー東急の牙城に西武百貨店、堤清二の信念 親交あった原武史さんが語る聞き手・初見翔印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする
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1968年の開業以来、60年近くにわたって渋谷駅前で営業を続けてきた西武渋谷店が9月末で閉店する。渋谷にとって、西武の閉店が意味することは。そもそも「東急の牙城(がじょう)」に西武が進出した背景は。西武百貨店の元社長でセゾングループ創業者の故・堤清二氏と親交があった明治学院大の原武史名誉教授に話を聞いた。賞金で買い物「しゃれた服を買うなら…」 西武渋谷店の閉店は私にとっても衝撃でした。2001年に「大正天皇」で毎日出版文化賞を受賞したときは、賞金のかなりの額をここで服を買うことに費やしました。それまで買ったことのないような良い服で、今も大切に持っています。 その頃もまだ「しゃれた服を買うなら渋谷の西武だろう」という雰囲気が残っていましたが、西武の黄金時代といえば1980年代でしょう。キャッチコピー「おいしい生活。」などに象徴される、いわゆる「セゾン文化」が一世を風靡(ふうび)しました。それをつくりあげたのが堤清二さんです。 中国と関係の深かった清二さん率いる訪中団の一人として2006年に同行して以来、清二さんとは公私にわたってお付き合いがありました。月刊誌で対談をしたり、私の大学の公開セミナーに呼んだり、2人で食事に行ったりしたこともありました。 彼は、西武百貨店が1962年に米ロサンゼルスに出店したのに伴い、現地に赴任しています。鉄道が廃れ、ハイウェー(高速道路)沿いのショッピングセンターへ車で行って買い物をする米国のスタイルを目の当たりにしました。鉄道駅に併設する「ターミナルデパート」はもう古いと感じたそうです。 その後、創業者の父・康次郎(1889~1964年)が亡くなり、自身は流通部門、異母弟の義明さんが鉄道部門と、西武グループを「分割統治」するようになります。代が替わり、「抗争」に終止符を 百貨店を任された清二さんは…この記事は有料記事です。残り1811文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません
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