インタビュー「侵略者の孫」と呼ばれて インドネシア残留日本兵が残したものとは聞き手・翁長忠雄印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする
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太平洋戦争に敗れた後もインドネシア独立戦争に参加した残留日本兵の子孫に迫ったドキュメンタリー「ロンガの海」が、今秋から東京のポレポレ東中野などで順次全国公開される。旧日本軍兵士だった父が戦時中、インドネシアに派遣されていたという、監督の小西晴子さん(65)に作品への思いを聞いた。インドネシア占領の日本軍にいた父の言葉に疑問 26年かけて映画に ――きっかけとなった26年前のお父さんとの対話とは 父は1942年、大学生の時に召集され、44年にジャワ島に到着。日本軍が組織した、インドネシア人による「郷土防衛義勇軍(PETA)」の軍事訓練を数カ月間担当しました。 26歳で復員した後、80歳になった2000年にこう語りました。「私が教育したインドネシア青年たちは、(日本の占領前にインドネシアを植民地統治し、終戦後に)侵攻してきたオランダと戦って独立した。インドネシア人は日本に感謝している」と。亡くなる4年前です。 子どもの頃、「敵が来る」とうなされていた父の声を何度か聞いたことがありますが、父は戦争体験を語りませんでした。突然、長年書きためた戦争体験の原稿を私に渡して「本にしたい」と言いました。 戦後50年の「村山談話」やその前の「河野談話」がありましたから、私は父の主張に疑問を持ちました。インドネシア人はその思いを共有しているのか。確かめるために00年9月にジャカルタに向かいました。 ――ジャカルタで分かったことは PETA出身者を探しました。その人は「小銃、マシンガン、重機関銃の使い方など、日本軍に全てを教えてもらってありがたかった」と言いました。「怒らないですか」と言った後の言葉 一方で、「怒らないですか」…この記事は有料記事です。残り1994文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません
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