【動画】人気絶頂だったYMOが挑んだ実験的作品「BGM」の制作に参加した、「YMOの第4のメンバー」と呼ばれるシンセサイザープログラマー松武秀樹さん=丸山ひかり撮影

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細野晴臣さん、高橋幸宏さん、坂本龍一さんによるイエロー・マジック・オーケストラ(YMO)が1981年に発表したアルバム「BGM」は、「テクノポリス」「ライディーン」のヒットで人気絶頂の時期に、大胆な方向転換を図った作品として知られる。その実験的な曲づくりに重要な役割を果たした電子楽器が、のちに世界的に有名になる日本のローランド製のリズムマシン「TR-808」だった。なぜだったのか。制作に深く関わったシンセサイザープログラマーで、「YMO第4のメンバー」とも呼ばれた松武秀樹さん(74)に話を聞いた。 80年に発売されたTR-808は、打楽器の音を電子回路で再現することを目指して開発された。しかし、生まれたのは本物とはかけ離れたユニークな音。2年間で生産終了となったが、乾いたハンドクラップ(手拍子)や重い低音が響くバスドラムの音などが、ヒップホップやテクノなどの音楽シーンに大きな影響を与え、いまなお世界中で使い続けられている。ピコ太郎「PPAP」のヒットは「808のおかげ」 古坂大魔王さん世界に衝撃与えたリズムマシンTR-808 開発者は「当初は酷評」未来の音だったTR-808 識者が語るテクノ、ヒップホップの影響世界が愛する「酷評された楽器」のリズム 「TR-808」の46年発売前にローランド側から「音を聴いてみて下さい」 松武さんがTR-808と初めて出会ったのは、発売前のことだったという。 「ローランドの営業の方から『こういうリズムマシンを出すので、一回どんなものか聴いてくれませんか?』と言われたのが最初でした」 当時、「夜の街でお酒を出すような店」(松武さん)では、オルガンやピアノの伴奏に「リズムボックス」という電子楽器が使われていた。「オルガンやピアノの横に置いて、リズムボックスに事前に設定されていたルンバやジャズ、ロックなどのリズムのパターンを再生させていました。でも、僕らミュージシャンは『自分でリズムをプログラムできたらいいな』と思っていました」 TR-808はその願いをかなえてくれた。「考えていたリズムを表現できる」 独特な音にも魅了され…… ずらりと横に16個並んだボタンを気ままに押していくだけで、「頭の中で考えたリズムのパターンを表現できる。それが最大の魅力でした」。 音色も、従来のものとは一線を画していた。 「一番特徴的なのは、ハンドクラップ(手拍子)の音です。こんな音は今までなかったんですよ」 「マーヴィン・ゲイは1982年にこのクラップの音とマラカス、クラベスの音をうまく作ってリズムを作り、世界的な大ヒット曲(セクシャル・ヒーリング)を生み出しましたよね」 特有の「ひずみ」が感じられる音だったことにも、松武さんは心ひかれた。 「自分でシンセサイザーで作ろうとしても、近い音はできるが再現はできない。内蔵されたトランジスタの特性ゆえか、音にグルーブや躍動感があるんです」「内緒」でYMOのツアーに持ち込んで 松武さんはYMOのワールドツアーのライブ会場にも持ち込んだ。 「実は内緒で使っちゃったんですよ(笑)。『感想をお願いします』と言われただけだったのに。だから、下の方に隠して鳴らしていました」 「当時、ローランドで808の開発を主導したエンジニアの菊本忠男さんがラジオでライブ音源を偶然聞いてびっくりした、というエピソードがあります」「BGM」の制作現場で多用 3人と一緒にリズムを試行錯誤 さらに、松武さんは「BGM」のレコーディングにも持ち込んだ。 「今ここにあるこの808が、『BGM』で使ったやつです。坂本さんの指紋がどこかに残っているかなー(笑)」 「BGM」の楽曲制作はYMOの3人と一緒に、TR-808でさまざまなリズムを作ってみることから始まった。 「例えば『ハイハット』の音を選んで、16個すべてのボタンを押して『チキチキチキチキ……』と鳴らす。そこへ低音のバスドラムをちょっとずれた拍子で重ねてみる。それを聴いてみて『ハイハットの音がうるさい』と思ったら、一つずつ消す……。そんなトライ&エラーで面白いパターンを見つける作り方を、BGMでは多用しました」■千のナイフ、CUE…… 「…