【動画】世界的に有名なリズムマシン「TR-808」の開発を主導した、ローランド元社長の菊本忠男さん=丸山ひかり撮影
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1980年に発売されて販売不振などで2年間で生産が終わったのに、今も世界のミュージシャンを魅了している日本製の電子楽器がある。ローランドが生産した、ドラムや手拍子、カウベルなど16種類の音が鳴らせるリズムマシン「TR-808」だ。生楽器のリアルな音の再現を目指した結果生まれたユニークな音が愛され、ヒップホップやテクノなどの音楽ジャンルの発展に貢献。ポップ音楽のヒット曲にも使われてきた。 開発を主導したローランド元社長の菊本忠男さん(84)は「酷評され、自分も長らく存在を忘れていた。でも、新しい音楽を作ろうとしていた人たちがハッピーアクシデントを起こしてくれた」と語る。開発をめぐるエピソードなどを聞いた。元ローランド社長の菊本忠男さん 「ハッピーアクシデントでした」 ――毎年8月8日になると、X(旧ツイッター)で「#808DAY」というハッシュタグとともに、この楽器への思いを語る人たちがたくさんいます。そもそも808はどんなふうに生まれたのですか? 1970年代後半、ローランド創業者で社長(当時)の梯郁太郎さんが、アメリカ出張で「リアルな音がするリズムマシンが千ドル以下で発売できれば、現地に大きなマーケットがある」という情報を仕入れてきました。「音楽制作スタジオで、ドラマーを雇わなくてもレコーディングできて人件費が節約できるから、きっと売れる」と。ピコ太郎「PPAP」のヒットは「808のおかげ」 古坂大魔王さん未来の音だったTR-808 識者が語るテクノ、ヒップホップの影響世界が愛する「酷評された楽器」のリズム 「TR-808」の46年 当時、現地で実際の打楽器の音をサンプリングした「Linn LM-1 Drum Comuputer」というリズムマシンが出る、という情報がありました。でも、5千ドルくらいする。梯さんは「同じようなものをもっと安く作れないか」というのですが、自分たちで作ったら1万ドルになると分かった。それではとてもローランドの製品にならない。シンセサイザーメーカーの誇りを胸に アナログな手法で開発開始 そこで考えました。「LM-1」が出せるのは、楽器の生音をもとにした音だけ。ならば、シンセサイザーメーカーであるローランドは「ユーザーが自分で好きに音を作れるリズムマシンを開発したらどうでしょう」と。すると、「まあ、それでいってみようか」ということになったんです。 でも予想以上に難しかった。リアルで生々しい音にならず、そのまま1980年に発売しました。 ――音はどうやって作ったんですか? アナログな方法です。まずはオシロスコープで楽器や人間の手拍子の音の波形を分析して、大型のモジュラーシンセサイザー「SYSTEM-700」でサイン波や矩形波(くけいは)、ノイズなどを組み合わせて作りました。その音を、TR-808に内蔵したアナログ電子回路で再現できるようにしました。ハンドクラップ(手拍子)は「リアルではないが周囲の評価は良かった」 ――「うまくいった」と思える音は? 「ハンドクラップ」(手拍子)はリアルな音とはいえませんが、「まあ面白いかな」と思って入れたら最初から周囲の評価が良かったですね。 本物よりパリッとした、乾いたような音。大勢で同時にたたいた時のように「パラパラ」という音が4回鳴るようにして、ホワイトノイズ(サーッという白色雑音)に似たノイズで「パーン」という残響を表現しましたね。 ――このハンドクラップの音は、ソウル音楽を代表するミュージシャン、マーヴィン・ゲイ(1939~84)の世界的ヒット曲「セクシャル・ヒーリング」(82年)で効果的に使われていますね。 YMOの「千のナイフ」(81年のアルバム「BGM」に収録されたバージョン)のイントロでも、ハンドクラップを16小節も鳴らしていますよ。YMOの挑戦支えたヤオヤって? 「第4の男」松武さんが名機を語るバスドラムは「評判が悪かった」ものの、のちに「アイデアルな音」に ――では、他の音は? バスドラムは評判が悪かったです。いくらやってもリアルにならず、時間切れになりました。ところが、結果的には多くの人に愛される「アイデアル」(理想的)な音になったのですね。 ――バスドラムの音は、ヒップホップ文化の先駆者として知られる米国のミュージシャン、アフリカ・バンバータ(1957~2026)らが電子音楽を導入した大ヒット曲「プラネット・ロック」(82年)で使われたことが世界的に有名です。 この音は大きなスピーカーで出すと、「ドン」というものすごい重低音が出るんです。 当時のステージで使われていたようなドラムは、もっとアタック(音の立ち上がり)ではじけるような音。実際の楽器とは全く違うものの、それが「ダンスミュージック」向きの理想的な音だった、ということなのでしょうね。体に響く重低音 ミュージシャンたちが自在に活用 私がこの重低音の本来のすごさを実感したのは約5年前です。大きなスピーカーで鳴らしたのを聞いたら、おなかにまで響いてきた。「人間が本来求めている音なのかもしれない」と思いました この音を「悪魔の音」だと表現した敬虔(けいけん)なクリスチャンがいた、というエピソードを聞いたことがあります。教会でパイプオルガンの音が響いた時のような重低音で、ダンスフロアで聞くのは冒瀆(ぼうとく)だというんですね。「重低音というのは、宗教的な音でもあるんだ」と感じました。 ――808にはユーザーが音を変えられる機能もあり、バスドラムの音は「DECAY(ディケイ)」というつまみをひねると長く伸ばせますね。さらに本物とは違う音になっていくわけですが……。 あくまでシンセサイザーとして作ったので、使う人が自分で音を変えられるようにしたかった。関係者に「ありえない音を出すなんてみっともないからやめて」「楽器メーカーが出す機械がこういう妙な音を出すのは良くない」と言われましたが、私は「嫌なら使わなければいいじゃないか」ということで付けた。そうしたら、ミュージシャンたちがこの機能を使い始めたんですよ。 音を伸ばすだけでなく、808の音を録音・加工して音程をつけてベースラインとして使われました。そんな使い方は予測していなかった。まさにハッピーアクシデントです。 でもね、梯さんと私は、自由に音をつくれる可能性をお客さんに提案することが電子楽器メーカーの務めだと思っていました。シンセサイザーとは「新しい音」を追求する機械なのですから。菊本さんは1977 年から 2009 年までローランドに勤務し、社長や技術開発担当専務取締役などを歴任。名機として知られる「TR-909」(1983年発売)の開発も主導しました。記事後半では、808が1982年に生産終了となった後、海外のミュージシャンたちが独創的な使い方をしていることを知った時の心境や、「音づくり」「芸術」「重低音」についての思いもたっぷりお聞きしました。 演奏中につまみをぐるぐると…








