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一度聴けば耳に残る鋭いハンドクラップ(手拍手)や、生楽器とはかけ離れたカウベルの音。スピーカーだけでなく体まで震わせるようなバスドラムの重低音……。1980~82年に日本のローランドが生産したリズムマシン「TR-808」はヒップホップやテクノの発展を支えた名機として、世界中の音楽ファンに知られている。なぜ808が選ばれたのか。専門家に聞くと「未来を感じさせる音」というキーワードが浮かび上がってきた。ele-king編集長の野田努さん、慶応大学教授の大和田俊之さんに聞く オンライン音楽マガジン「ele-king」編集長で、テクノ史に詳しい野田努さん(63)は「商業的な成功作とはいえなかったが、21世紀のメーンストリームのポップミュージックでも使われ続けているのは驚異的。電子機材史において非常に重要な存在です」と語る。世界に衝撃与えたリズムマシンTR-808 開発者は「当初は酷評」YMOの挑戦支えたヤオヤって? 「第4の男」松武さんが名機を語るピコ太郎「PPAP」のヒットは「808のおかげ」 古坂大魔王さん TR-808はもともと、生楽器に近い音を出そうとして開発された。 「他のメーカーは生楽器の音をサンプリングしたデータを使い始めていましたが、808は機材内部でサウンドを合成する方法をとった。すごく独自の音色になり、『おもちゃみたい』と思った人も多かったでしょうね。人工的で……悪く言えば安っぽい。当時、賛否両論がすごくありました」 一方、その音には他の楽器にはない魅力があった。 「バスドラムの音はアタック(音の立ち上がり)が強くてダンスミュージックにすごく向いていた」 「アナログな手法で作られたがゆえに、温かみと深みも感じられる音でもある」デトロイトのテクノミュージシャンが着目 「ダンスミュージックに革命」 さらに、簡単に自分好みのリズムのパターンを作り、記憶・再生させられるのも革新的だった。 「従来のマシンは主に伴奏やメトロノーム代わりに使われ、楽器としての存在感を持つことはなかった」。しかし、808は違った。「ダンスミュージックに革命を起こしたんです」 その舞台の一つが、かつて自動車工業で栄えたアメリカ中西部の都市デトロイト。80年代初頭、アフリカ系アメリカ人のミュージシャンたちが、電子音を多用する新たなジャンル「テクノ」を生み出した。 野田さんは「デトロイトの黒人にとって、電子音楽の機材は『未来』を象徴するものだった」とみる。 当時、デトロイトは荒廃した状況だった。 67年、アフリカ系アメリカ人たちが人種差別への不満を爆発させた「デトロイト暴動」で警官隊との銃撃戦が起き、連邦軍も出動。死者が多数出た。「白人中産階級が郊外に移る動きが加速し、街は空きビルと廃墟だらけになった。黒人にとって、過去の歴史を重んじるより『これからの未来に賭けたい』という思いがテクノに結びついたのでしょう」 そこで、808は大きな役割を果たした。人種や肌の色、ルーツを超えられる音 野田さんはその理由として、「(日本円では)10数万円と比較的安価で、自宅でDIYで音楽を作る人たちが手軽に使えた」ことや、「人間がたたく生ドラムの音にはその人のバナキュラー(固有の)なものが出てしまうが、808は生楽器とかけ離れた音で、人種や肌の色、ルーツを超えられる」ことなどを挙げる。 象徴的な作品として野田さんが紹介してくれたのがデトロイトテクノの創始者の一人、ホアン・アトキンスが在籍したサイボトロンの「Clear」(83年)だ。 「歌詞は『記憶を消去しろ』『自分を消去しろ』といった内容です。奴隷としてアメリカ大陸へ連れて来られて酷い目にあってきた黒人の歴史を、ブラックミュージックはエネルギーにしてきた。でも、サイボトロンは、記憶をクリアしろと言う。ものすごい言葉を、808をバックに歌っているんですね」 もうひとつ、野田さんはデトロイト出身のミュージシャン「ドレクシア」の例も紹介してくれた。 「メディアの前に姿をさらさず、自分たちを『奴隷貿易の途中で死んだ人々の子孫で、大西洋で生き延びて変化したミュータントである』として、楽曲を発表し続けた。そのサウンドを決定づけているのが808なんです」大和田さん「ヒップホップのジャンルを象徴する機材」 ダンスミュージックの「革命」は、初期のヒップホップの中心地だった、80年代初頭のニューヨークでも起きた。 アメリカのポピュラー音楽に詳しい慶応義塾大教授の大和田俊之さん(56)は「808はヒップホップというジャンルを象徴する機材。これがないとジャンルが成立しなかったと思う」。 初期の例では、アフリカ・バンバータが自身のグループとともに発表した大ヒット曲「プラネット・ロック」(82年)が有名だ。 「黒人音楽とYMO、クラフトワーク(70年代から活躍するドイツの電子音楽グループ)の要素などをミックスさせた」(大和田さん)というこの曲では、808の重低音が鳴り響いている。 「当時はクラブやディスコが音楽を楽しむための大事な場所。そこでは、スピーカーから空気の振動が伝わってくるほどの重低音が鳴る808は、最適解のひとつだったのではないでしょうか」 808の音が求められたのは、重低音が魅力的だったという理由だけなのか。 大和田さんは「本物の楽器に似せようとした結果、機械的で『未来性』を感じさせる音になった」ことも要因の一つだったとみる。記事後半では、「アフロフューチャリズム」との関連や、ヒップホップのその後の展開と808との関係などを大和田さんが語ります。 「アフリカ系アメリカ人のコ…







