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AIが書き、AIが読み、AIが要約する時代。それでも私たちはなぜ読むのか。情報環境が多様化するなか、そもそも「読む」とはどういうことなのか。読むことから生まれる問いは、私たちの世界の見方をどう変えるのか。知的エンタメ集団「QuizKnock」に関わり、『思考のストレッチ』などの著書がある哲学者の田村正資さんは「人」「文脈」「本」をキーワードとして掲げます。朝日地球会議のRe:Ronセッション「AI時代に何を読む? 三宅香帆×田村正資 問いが世界をひらく」の登壇を前に、聞きました。【参加募集】9月2日に朝日地球会議リロンセッション9月2日(水)18:30~、文芸評論家の三宅香帆さんと哲学者の田村正資さんが登壇するイベントを東京の書店「文喫 六本木」で開きます。朝日地球会議2026と言論サイトRe:Ronの連携セッションで、トークセッションと選書ワークショップを予定しています。会場参加の申し込み(有料・先着30人)は8月17日から。Re:Ron特集「AI時代に何を読む?」田村正資さん ――田村さんにとって、読むことや読書はどう変化していますか? 僕自身は、自分の「読む」ことが変わらないよう必死で抗(あらが)っている、というのが率直なところですね。 今はウェブメディアでも要約が付いていて、記事本体も非常に短くなっています。本の内容も動画や音声で何重にも解説されるようになりました。解説の解説の解説……みたいな形で、何段階も加工されて、変質していくような情報の流通が多くなっている状況だと思います。 そんな中で僕が大事にしているのは、「これは誰が責任を持って発している言葉なのか」を常に意識すること。もちろん情報収集の一環として特定の本について解説する動画を見ることはありますが、それは読まずに済ませるためではなく、最終的に自分で読んで確認するためです。 そういう意味で「最後は読む」というところだけはブレないようにしています。読まずに済ませるためのテクノロジーやコンテンツがあふれ、誘惑が多い時代だからこそ、気になったものを読まずに済ませることはしないように心がけています。「AI時代に何を読む?」三宅香帆さんのインタビューはこちら ――AIによる変化をどのように感じていますか? 先ほど僕が「最後は読むようにしたい」と言った理由は、「読む」ということは単に書かれた文字を追うことではなく、そのテキストが生まれた経緯や意図を含めて受け取ることだと思っているから。「眼光紙背に徹する」「行間を読む」という言葉がありますが、テキストの裏側には書いた人物がいて、それを書かなければならない事情があり、時代や文化的な背景がある。そうしたものを含めて読む、ということだと思っています。 特に「本」というものは、単なる表面的なテキストだけではなく、その裏側まで含めた空間として存在している。その空間を行き来できることが、ときに自分の世界を変え、世界の見方を変えてしまうような、読むことの面白さなのだと思います。 ただ、そもそもこんな風に「本ってこういうもの」とこれまではあえて認識する必要はなかったのに、今はそれ自体が必要になってきている状況があります。 ――読書そのものについて考えるような本も最近目立ちます。 それはなぜかというと、AIが生み出した文章には経緯や背景や意図がなく、コンテクストが欠けていて深掘りできないから。経緯も、背景も、意図も持たない文章。そんな文章が身の回りに氾濫(はんらん)するようにあふれてくると、「紙背」や「行間」への意識が薄れて、人々は「読む」ことが本当はどんな営みだったかを忘れてしまうでしょう。 そうなると、人は文章を「面白いか、つまらないか」「役に立つか、立たないか」という尺度だけで測るようになる。読むことが本来持っていた空間性や奥行きが失われ、人がテキストと向き合う姿勢そのものが変わってしまう。ものを考える視点、文化的な豊かさという意味でも大きな損失になると僕は危惧しています。 ――田村さん自身、AIにはどう向き合っているのですか? 仕事をしていると、誰かがAIで要約した資料を受け取り、それをまたAIに読ませて必要な部分だけ抜き出し、その結果をメールの返信に使う……といった場面も当たり前になりました。そうなってくると、本当は誰と誰がコミュニケーションしているのだろうか、という疑問も出てきます。 もちろん、「役に立つからAIを使う」という選択は仕方ない部分はある。ただ、それを突き詰めた先にあるのは、「AIがあれば、あなたはいらない」という世界かもしれない。役に立つというのは、社会にとって有用という価値基準を内面化した目線から見ると役に立つ、ということに過ぎません。その「役に立つ」は、あなたの幸せに責任を持ってくれるようなものではない。だから、役に立つことだけを価値基準にすると、その役割はどんどんAIに置き換えられていく。 だから今こそ、自分で考えたり読んだりすることの価値を改めて考える必要があると思っています。 ――そんな状況のなかで本を読む意味について、どのように考えていますか? 僕は本が持つ「時間性」がすごく大事だと思っています。 面白い小説を2時間で読んでしまうこともあれば、うまく読み進められず何カ月もかかる本もある。10年前に読んだときは全然面白くなかった作品が、大人になって読み返したら全く違うものとして読めることも。読んでいる時間だけではなく、読んでいない時間にも本はじんわりと生活の中に入り込んでくる。そのうちに日常の中から本を読むヒントが見つかったり、本の中で日常の問題に対処するヒントが見つかったり。そうやって行き来できるのが、本というメディアの特徴だと思っています。 今はショート動画やAIによるレコメンドなど、「今この瞬間」に面白いか、役に立つかが重視されがち。でも、今この瞬間に閉じ込められないもの、過去から未来へと続いていくものがある。自分が変化する、自分と世界の関係が変わっていくということを前提にしたときに、本のような時間性を持ったメディアに触れることがますます重要になってくる、と僕は思います。 また、「読む」という行為を捉え直していく上で、本がこれからどうなっていくのかも気になります。たとえば映画館は、配信やスマートフォンの普及のなかで、大きな画面、大きな音、しかも暗い中で1人で楽しめるメディアとして再発見された。そのようなことが紙の本を読むということにも起こりそうな気がしています。 ――QuizKnockに関わる田村さんにとって「問い」も大事なキーワードかと思いますが、読むことと問いを持つことはどのようにつながっていますか? 「問い」を持つことは、自分を過去と未来に開いていく、きっかけだと思います。 「なぜこうなんだろう」「どうして自分はこれが気になるんだろう」と考えることによって、日常そのものが探究のプロセスに変わる。すると、情報を引き寄せる磁場のようなものが生まれる。たとえば、本を読むときも日常でも、普段は気にならなかった映画のワンシーン、街で見かけたデザイン、人の言葉などが突然つながっていく。世の中が立体的になり、世界が開かれていくんです。 検索エンジンやAIに聞けば「答え」はすぐ得られる時代に、それでもなお、自分で考えることを諦めない。本を読むこと、問いを持つということは、誰かが作った枠組みではなく、自分なりにものを考え、世界を理解しようとすることだと思います。【AI 時代に何を読む? 田村正資さんの3点】◆まずは「人」を読むこと。文章でも映像でも作品でもSNSでも、誰が、どんな思いで生み出したのかに思いを巡らせること。それが読むことを立体的にするのだと思います。◆次に「文脈」を読むこと。なぜそれが生まれたのか、どういう背景があるのか、そしてこれからどうなっていくのか。現在だけではなく、過去と未来へ向かって目の前の事象を開いていくのではないでしょうか。◆そして、そのためにやっぱり「本」を読むこと。人を読む、文脈を読む、という前提で本を読むことをぜひ改めて伝えていきたいです。 たむら・ただし 1992年、東京都出身。東京大学大学院総合文化研究科修了。博士(学術)。専門は現象学とメルロ=ポンティの思想。2010年、伊沢拓司らと第30回高校生クイズに出場し優勝。現在はQuizKnockを運営する株式会社batonで教育事業開発などを手がける。著書に『問いが世界をつくりだす』『独自性のつくり方』『思考のストレッチ』など。言論サイトRe:Ron(リロン)https://www.asahi.com/re-ron/編集部への「おたより」募集中:https://forms.gle/AdB9yrvEghsYa24E6Xアカウント:https://twitter.com/reron_asahi/おすすめ論考をメールで(週1):https://digital.asahi.com/support/mail_service/login.html?mail_id=reron