2026年8月2日 7時00分吉田啓印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする

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「甲子園で勝つのって難しい」。いま、最も強く感じているのが宮崎県の高校野球関係者ではないだろうか。春と夏を合わせた宮崎代表の戦績は、2018年夏の第100回大会で日南学園が初戦で勝ったのを最後に、令和に入ってから0勝。これは全国で宮崎のみだ。甲子園で勝つには何が必要なのか。ヒントを得ようと高校野球に携わる人々を訪ねた。 まずは甲子園で勝つことの大変さを知りたい。そう考えたとき、ある強豪校の元監督の名前が浮かんだ。沢田真一さん(61)だ。 岩手県の私立盛岡大学付属高の野球部を部員10人、専用グラウンドもない状態から指導。監督を務めた18年のうち春夏計7回、甲子園大会に出場した。だが、1回も勝てなかった。 地方大会を幾度も制したのに、甲子園はそんなに難しかったのか。そう尋ねると、沢田さんは「間違いなく難しい」と答えて、こう続けた。「地方大会ではなかなか見ないような速球を投げる投手、強く速い打球を遠くへ飛ばす打者がゴロゴロいる。まったく違います」 ならばどうしたら勝てるのか。沢田さんが指摘したのは日々の練習の取り組みだ。「豪速球を打つ、強烈な打球をさばく、投手は長打を防ぐため低めに変化球を集める。その準備と確認を本気で徹底していないと勝てないでしょう」。例えば、速く強い打球を捕球するにはどうすればよいかといった、細やかな指導が不足していたと振り返る。「魔法の言葉」出せず 選手たちのプレーへの意識と集中力にも違いを感じた。例えば、1死一、三塁の場面。捕手が投球を捕りそこねて前に落とすと、甲子園では一塁走者のほとんどが二塁へスタートを切るという。 「捕手はまず三塁走者の動きを見るので二塁に送球できない。でも地方大会では走らない選手が割といる。甲子園では野手も、場面に応じて幾通りものプレーを想定して準備する選手ばかり。みんな野球偏差値が高い」。それを選手に浸透させるには指導者の知識と情熱が必要という。「選手ともども日々の練習を、どれだけ本気で甲子園に出て、そこで勝つと思って取り組めているかだと思います」 大舞台で普段の力を発揮する難しさもあった。地方大会では選手の心やチームに火をつける言葉をかけて勢いに乗せることができていた。だが、甲子園ではその「魔法の言葉」を出せなかった。 スタンドを埋める大観衆の一球一打への地鳴りのような歓声に、ずらりと並ぶ報道陣のカメラ。強い相手との息の抜けない戦いに、自身も舞い上がり、緊張した。「よそゆきの野球」で失敗 普段通りにサインを出すことさえ難しい。地方大会ではあまり使わなかったバントのサインを多用して失敗を重ねる「よそゆきの野球」をしてしまったこともあった。 「僕は上がり症。甲子園の魔物を退治してやると、楽しむぐらいの余裕があればよかったのですが。7回も行ったのに、なかなかそうはなれませんでした」と振り返る。 監督を教え子に譲り、総監督になってから観客席で甲子園初勝利を経験した。「最高にうれしいものでした。同時に、自分が監督をした選手たちにはここで校歌を歌わせてやれなかったと申し訳なくもなりました」 いまは、同じ盛岡市内の私立盛岡誠桜高で女子硬式野球部の監督を務める。高校女子野球の夏の全国大会決勝は甲子園が舞台だ。今度こそ監督として甲子園で1勝をあげ、教え子たちに校歌を歌わせたい。その思いでグラウンドに立ち続けている。沢田真一さん 1965年生まれ、岩手県釜石市出身。東北福祉大を卒業後、青森県の三沢高でコーチ、青森山田高で部長を務め91~2008年まで岩手県の盛岡大付高で監督。著書に「甲子園の負け方、教えます。」(報知新聞社)。【宮崎商監督は】「明徳義塾の馬淵監督なら…」 遠かった「あと1歩」有料会員になると会員限定の有料記事もお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする