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試合に出たい。レギュラーを失いたくない。仲間に迷惑をかけたくない――。 そんな思いは競技者なら、誰もが抱く。だが、そんな気持ちから発せられる「大丈夫です」の一言が、時に選手生命そのものを断つことがある。 「正直、今でもバスケがしたいですよ」 本村亮輔さん(29)はかつて、B2リーグ(当時)の熊本ヴォルターズでシューティングガードとして活躍した。だが、度重なる脳振盪(しんとう)の影響で2025年5月、志半ばで現役引退を余儀なくされた。 トップレベルの舞台でプレーしたいという思いと、競技を続ければ日常生活にまで支障を及ぼしかねないという現実。そのはざまで揺れ続けた末の決断だった。本村さんは自身の経験を公表することで、その危険性を伝えようとしている。防ぎようのない事故、一番の恐怖は 最初に大きな脳振盪を経験したのは、23年の試合中のことだった。 リバウンド争いで外国籍選手と接触。体が浮き、後頭部からコートに落下した。競技の特性上、防ぎようのない事故だった。映像を後から見返して状況を知ったが、自身の記憶は「ヘルドボール(相手選手とボールを奪い合う状態)になった場面までしかない」という。 その後も繰り返し頭部への衝撃を経験し、脳振盪を疑う症状に見舞われた。 特に怖かったのは、症状がいつ現れるか分からないことだった。 頭痛程度で済むこともあれば、数日後、時には1週間たってからめまいなどの症状が出ることもあったという。 本村さんが強調するのは、脳振盪のダメージが「蓄積される感覚」だ。 1回目より2回目、2回目より3回目の方が症状は重くなり、わずかな衝撃でも症状が出るようになった。 頭痛だけではなく、光や音に過敏になった。気持ちの浮き沈みも激しくなった。競技復帰への焦りと症状への不安が重なり、精神的にも追い込まれていった。 プロ選手にとって1シーズンの重みは大きい。出場機会を失えば、契約やキャリアにも直結する。 「正直コートに戻れる状況ではないのに、復帰を急ぐあまり、無理してプレーしたこともあった」 本村さんはそう振り返る。やがて症状は競技だけでなく、日常生活にも影響を及ぼし始めた。 太陽光を浴びるだけで頭痛を催し、倒れそうになった。外出時はフードを深くかぶり、ひどい時には寝室でカーテンを閉め切ったまま過ごした。練習会場に向かうことすら難しかった。 チームは親身になって支えてくれた。当初は競技復帰ではなく、「まず日常生活を取り戻すこと」を目標に設定した。リハビリは5分間の散歩から始まったという。 ただ、頭部外傷を専門とする東邦大医療センター大橋病院の中山晴雄准教授(脳神経外科)からは、「このまま続ければ私生活にも支障が出るかもしれない」と告げられた。 最終的に引退を決断したのは、私生活への懸念と、愛する家族の存在だった。 「支え続けてくれた家族がいる。バスケットより今後の人生を取った方がいい」 引退から1年がたった今も、脳振盪の爪痕は完全には消えていない。照明が強い会場に入ると、違和感を覚えることがあるという。 「あの時もう少し休んでいれば。自分の体をもっと大切にしていれば。脳振盪に関する考えが甘かった」 本村さんは25―26年シーズンから熊本のプレイヤーデベロップメントコーチ兼ユースアドバイザーに就任した。指導者として最も強く訴えるのは、選手が症状を正直に申告する重要性だ。 脳振盪の厄介さは、症状が周囲から見えにくいことにある。 Bリーグでは脳震盪の受傷に関し、復帰までのプロトコル(段階的復帰プログラム)を導入している。本村さんとチームも実際、このプロトコルに沿って復帰した。だが、自覚症状の多くは本人にしか分からない。 「本人が『症状はない』と言ってしまうと、周りはどうしようもできない」 自身もかつてそうだった。復帰したい一心で、自分の体にうそをついてコートに戻ったことがあった。 だからこそ、チームメートや指導者、若年層では保護者を含めた環境づくりが欠かせないと考える。脳振盪を「少し休めば戻れる」と安易に捉えることがないよう、心を配る。 「脳振盪に関する認識をみんなが持たないといけない。症状があると正直に言える信頼関係をつくることが大事です」 本村さんはBリーグの啓発映像にも出演し、メッセージを送り続けている。5月にあったBリーグチャンピオンシップ決勝では、試合前のコートで脳振盪の危険性を訴えた。 自身が失った競技人生を無駄にしないために。その経験を次の世代へ伝えるために。本村さんは今も声を上げ続けている。まだ浅い脳振盪への理解 専門家が鳴らす警鐘 頭部外傷に詳しい東邦大の中山晴雄・准教授(脳神経外科)は「脳振盪(しんとう)の診断は、1回の診察ですぐにできるものではありません」と注意を促す。 CTやMRIなどの画像診断で異常が認められないケースがほとんどだという。だからこそ、受傷した選手が自覚する症状を丁寧に見極めなければならない。担当した医師が画像診断上で問題ないとした場合でも、脳振盪を完全には否定できないと知っておく必要がある。 激しい接触が発生する競技を中心に浸透してきた脳振盪からの段階的競技復帰プログラムについても、中山准教授は警鐘を鳴らす。 「これをやったら頭痛が治る、めまいが治るという『治療法』ではない」と強調する。 コンディションの回復具合に応じた運動強度の、一つの指標にすぎないという。「選手自身が困っている症状と、段階的競技復帰のプロセスは、切り離して考えるべきだ」と述べる。 一般的に、脳振盪から復帰した選手は受傷前に比べて競技パフォーマンスが低下する傾向が見られる。仮に実戦復帰を果たしたとしても、元の状態になるまではさらに時間がかかることを、本人も周囲も理解することが重要だとしている。