ストーリー岩佐友印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする

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電話口の声は、かつてなく沈んでいた。 「移籍できませんでした……」 2025年9月初旬、日本時間の未明。フランスにいたサッカー日本代表MF中村敬斗(スタッド・ランス)から電話を受けたのは、専属トレーナーの花嶋義広さん(44)だった。 中村の所属クラブは2部に降格。欧州5大リーグへの移籍を望んだが、かなわなかった。ワールドカップ(W杯)まで残り1年を切っていた。 長い沈黙のあと、珍しく弱音が漏れた。 「2部では代表に選ばれないと思う」 「もう何も考えられません」 2人の出会いは、20年近く前にさかのぼる。 中村の母と祖母が施術のため、千葉県我孫子市の花嶋さんのもとを訪れていたなか、股関節に痛みがあると相談に来たのが、当時小学1年生の中村だった。それから、月1回のペースで通うようになった。 施術中の会話は、いつもサッカーの話。憧れていたのは、ブラジル代表MFロナウジーニョだ。 「どうすればあんなプレーができますか?」 「ブラジル人になりたい」 目を輝かせて語っていた。8歳で王国ブラジルを旅した中村敬斗 「楽しむ」原点思い出すゴール「数えて」が口癖 サッカー経験のない花嶋さんが、一緒になって練習メニューを考えることもあった。 中村が小5の頃。柏レイソルの下部組織で思うようなプレーができず、練習に身が入らない時期があった。 「このままでいいの?」 花嶋さんが勧めたのは、坂道ダッシュだった。30~40メートルの坂を繰り返し駆け上がる。最初は数本で終えていた。だが、花嶋さんのひと言でスイッチが入った。 「ちょっと少ないんじゃないの?」 中村は言った。 「じゃあ25本。次は30本…この記事は有料記事です。残り1057文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりませんこの記事を書いた人岩佐友スポーツ部専門・関心分野サッカー、バレーボール関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする