ストーリー2026年7月30日 6時00分宮崎亮印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする【動画】神奈川県相模原市の障がい者施設で入所者19人が殺された事件から10年。大阪・梅田でも犠牲者を追悼する人たちの姿があった=大山貴世、宮崎亮撮影
[PR]
神奈川県相模原市の障がい者施設「津久井やまゆり園」で2016年7月、入所者19人が殺され、職員を含む26人が重軽傷を負った事件は、全国の障がい者やマイノリティー当事者に大きな衝撃を与えた。事件発生から10年。毎年、追悼活動を続ける人たちがいる。犠牲になった娘、取材に来た記者…ふたりの「美帆」に重ねた母の思い 暗闇に光がさすと、ピンクのレオタードとタイツをまとった女性が転がりながら舞台に現れる。やがて上半身を起こし、座りながら音楽に合わせて両手を動かした。 女性は金滿里(キムマンリ)さん(72)。今月25日、主宰する身体障がい者らのパフォーマンス集団「態変(たいへん)」の劇場(大阪市東淀川区)で、「いのちの夕(ゆうべ)」と題した舞台を仲間と開いた。冒頭、1人で舞台に出た金さんは、19人がまだ生きていた10年前のこの日をイメージして体を動かし、最後に慟哭(どうこく)した。 在日コリアン2世の金さんは、3歳でポリオを患って全身まひになり、7~17歳を障がい者施設で過ごした。1970年代に障がい者の自立運動に加わり、83年に「態変」を旗揚げし、国内外で公演してきた。 舞台があった翌26日の夕、金さんは大阪・梅田駅近くの街頭に立った。事件が発生した7月26日に毎年続けている「追悼アクション」だ。 金さんはスピーチで「障がい者の声を聞こうということが(日本に)本当にあるのかどうか」と問いかけ、こう呼びかけた。「7月26日を命を考える日、記憶に残す、念じる日としていきたい」 この追悼アクションには金さんのほかにも、障害を抱える人や性的少数者など、さまざまなマイノリティーが参加した。 知的障がい者の当事者団体「ピープルファースト大阪」の芝田鈴さんは「私たちは生きた心を持った一人の人間です。私たちの心を聞け」と叫んだ。集まった数十人が拍手を送った。 大阪府内の聴覚支援学校の元教員、細尾学さんは手話でスピーチし、手話通訳者が内容を伝えた。 元教え子らの間でも発音や聴力の良しあしで自然と「序列」が生まれていたと説明し、「その結果、『私は聞こえないから、しなくていい』と、知らず知らずのうちに優生思想が植え込まれる」と話した。 大阪市の会社員、Hideさんは、自らをゲイの当事者でうつ病患者だと明かし、「そういう意味ではマイノリティー」。ただ障がいはなく、施設で過ごした経験もないといい、「差別される側の自分と差別する側であるかもしれない自分と向き合っていきたい」と語った。 スピーチした数人が強調したのは、事件で亡くなった19人が、それぞれ名前と心を持った一人の人間として生きていたことだ。警察は「遺族からの強い要望」として19人の名前を発表しておらず、金さんらはこれを批判してきた。 この日は犠牲者の年齢や性別、人となりを書いたのぼり19本が用意された。遺族が名前を明らかにした一部の人については名前も載せた。 10人がスピーチを終えると、アクションに参加した人たちは駅前の横断歩道を渡った。 ある人は車いすで、ある人は色とりどりののぼりを手に、ゆっくりと駅の周りを歩いていった。有料会員になると会員限定の有料記事もお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりませんこの記事を書いた人宮崎亮ネットワーク報道本部(大阪)記者|平和・人権専門・関心分野子ども・若者・教育・人権・平和・核兵器関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする






