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新緑の中で、白いドレス姿の女性たちが花冠をつけて歌います。おとぎ話から出てきたような光景なのに、響く歌声は悲哀に満ちて聞こえました。東京都内で開かれたウクライナの夏至を祝う「クパーラ祭」を訪ねた記者は、一人の女性に魅了されました。「日本の『八百万の神』に通じる」井の頭恩賜(おんし)公園(三鷹市)の三鷹の森ジブリ美術館裏手にある林の中で6月、ウクライナの「クパーラ祭」が開かれました。芝生の広場では、人々が季節の花々を使って花冠を作るワークショップが開かれています。そもそも、クパーラ祭とは何なのでしょうか。主催したNPO法人日本ウクライナ友好協会「KRAIANY(クラヤヌィ)」のイーゴルさんによると、ウクライナの夏至を祝う祭りとのこと。イーゴルさんは「ヨーロッパ各地に夏至を祝う習慣がありますが、ウクライナのクパーラ祭はキリスト教が伝来する以前の古代スラブ文化に由来し、1千年以上の歴史があります」と話します。「私たちの周りにある自然に対する深い敬意を込めていて、火や水、草花といった自然の力を通じて、浄化や恋愛、豊穣(ほうじょう)を願います。日本の『八百万の神』に通じるものがあると感じます」本場ウクライナでは、女性たちが作った花冠を川に流し、男性が好きな女性の花冠を取ろうとがんばったり、聖なるたき火の上を手をつないだまま飛び越えられると結ばれたり……そんなロマンチックな習わしがあるそうです。日本では公園のルールなどにのっとり、たき火は模型に置き換えるなど工夫しながら、伝統の祭りを再現。開催は今年で4回目になります。「こんなにも楽しく、美しい文化がある国」クパーラ祭では欠かせないのは、踊り。太陽を表すリボンの輪の下で、みんなが手をつなぎ輪になって踊ります。広場には、子どもたちの笑顔があふれました。ウクライナ出身の未就学児から高校生ぐらいまでの子どもたちが通うウクライナ学校の生徒たち約60人もこの日を楽しみにしていたそうです。通りすがりの家族連れなど日本人も参加し、約400人が、自然の中で踊りや歌に魅せられました。ロシアによるウクライナ侵攻は5年目に入りました。イーゴルさんは「ウクライナでは今もミサイルによって文化が破壊されています。でも、こんなにも楽しく、美しい文化がある場所だということを、日本の皆さんとも共有したいと思いました」と語ります。母国の悲惨な状況を伝えるだけでなく「すてきな面も知ってほしい」という思いがあります。日本でも切れない「空襲警報」の通知記者は木の下で、ウクレレを奏でながら歌っていた一人の女性に魅せられました。アナスタシア・サブラさん(27)。力強くも、悲しくも聞こえる歌声が響きます。アナスタシアさんが戦地へ向かう愛する人を見送らなければいけない気持ちを込めて作った「こんなにも深く愛さなければ (Не кохати так сильно) 」という曲でした。「本当はずっとあなたの光とともに生きるはずだった」「そばにいて、あとほんの一分だけ」アナスタシアさんはロシアの侵攻をきっかけに2022年に来日し、埼玉県の中学校で外国語指導助手(ALT)として半年間、英語を教えました。しかし、もともと一時的な「避難」のつもりだったアナスタシアさんにとって、「長引く戦争で突然、家族、友人とのそれまでの生活が奪われてしまったことが耐えがたかった」といいます。一度、ウクライナに戻りましたが、厳しい生活が待っていました。絶え間ないミサイル攻撃の脅威。水道や電気が止まり、真冬はマイナス20度近くまで冷え込む中、暖房も使えない日もありました。戦争で大きな傷を負ったアナスタシアさんの心を癒やしてくれたのは、日本での思い出でした。「日本の文化や人々を懐かしく思うようになり、皆さんから受けた親切に何らかの恩返しがしたいと思いました」そして今年3月、再び日本に戻り、東京の小学校で英語を教え始めました。それでもキーウで「生き延びている」家族たちを忘れる日はありません。日本にいても空襲警報の通知を切ることはなく、「キーウに空襲警報! シェルターに避難してください!」と毎日届くメッセージを見つめます。「毎朝、家族に『大丈夫?』『シェルターにいる?』とメッセージを送り、自分は仕事に向かいます。そんなときは自分が無力に感じられて、どうしようもなく悲しくなりました」「ジャークユ!」都内の五つの小学校で英語を教えるアナスタシアさん。悲しみに心を引き裂かれそうになりながらも、「希望」を与えてくれたのは、日本の子どもたちだったと言います。ある日、英語の授業に行くと、子どもたちがアナスタシアさんの元に来て、「ウクライナ語で『こんにちは』や『ありがとう』はなんと言うの」と聞いてきました。次の授業で会うと、「Привіт!(プリヴィートゥ=こんにちは!)」「Дякую(ジャークユ=ありがとう)」とあいさつしてくれて、「合ってた?」と確認してくれたそうです。その瞬間のことをアナスタシアさんは「私は英語教師ですが、母国語を聞いたときは…本当に心が温まり、幸せでした」と声を詰まらせ振り返りました。「私ももっとがんばれる」と力が沸くのを感じたそうです。今回、クパーラ祭で歌う時、アナスタシアさんの心には故郷の景色が浮かびました。戦争が続いている状況で、ウクライナでは大規模な集会や祭りは縮小せざるをえないそうで、「残念ながら、このようなイベントを開くことはほとんど不可能なのが実情なのです」と語ります。平和な日本だからこそ祝えたクパーラ祭。アナスタシアさんは「ほんのつかの間でも、『一人ではない』と心が癒やされました」と感謝しながら、最後に「まだ希望がある」という曲を奏でました。「ナディーヤ・イェ(Надія є =希望がある)」「ナディーヤ・イェ」笑顔のアナスタシアさんの力強い声が、木立に何度も響いていました。ニュースが身近になるメディア「withnews」https://www.asahi.com/withnewsTikTokアカウント:https://www.tiktok.com/@withnewsYouTubeアカウント:https://www.youtube.com/@withnewschannel