北海道の洋画家・木田金次郎と鉄道をめぐる企画展 出身地で開催中三木一哉印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする

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有島武郎の小説「生まれ出づる悩み」の主人公のモデルとなった漁師出身の洋画家、木田金次郎画伯(1893~1962)は乗り鉄だったのか――。岩内町の木田金次郎美術館で、企画展「木田金次郎と鉄道」が始まった。町出身で自家用車は持たず、上京時やスケッチ旅行では鉄道を愛用した金次郎。企画した岡部卓館長によると、「自宅の遺品には道内鉄道時刻表もあった」金次郎の、旅と作品にフォーカスした展覧会だ。 金次郎の生きた時代、鉄道は人と物資を運ぶ身近な手段だった。岩内に馬車鉄道が通じたのは1905年。東京に進学したり、家運が傾き北海道へ帰ってきたりしたときには、常に鉄道を使っていた。岩内に腰を落ち着けた後も、画壇の仲間と会いに小樽や札幌などへ鉄道で出かけていた。 郷里や北海道の絵の印象が強い金次郎だが、今回、東京や海外を描いた貴重な作品も展示されている。「風景(下谷あたり)」(10年)は東京時代にはがきへ描いた水彩画。「大連風景(老虎灘)」「朝鮮金剛山」(いずれも28年)は唯一、日本本土を離れた旅で描いたもの。旅で訪れた地を記録した手帳が見つかり、足取りもつかめた。 私淑した有島武郎や、交流が続いた有島家の人々との縁で、道内外に知人・友人がおり、たびたび根室や秋田も訪問。秋田の友人の遺族が所蔵していた作品、晩年の金次郎を支えた島本融・北海道銀行頭取の著書「銀行生誕」の挿絵として描いた道内各地のスケッチなど、金次郎の鉄道旅から生まれた作品を選んだ。 今回のポスターにも使われた…この記事は有料記事です。残り370文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません

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この記事を書いた人三木一哉北海道報道センター|後志地方、科学医療等専門・関心分野相模原の歴史、東アジアと日本のかかわり、公共交通など関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする