インタビュー堀越理菜印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする

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独りで部屋に閉じこもって、絶望していた日々があった。脚本が書けずに、インドまで逃げたこともあった。そんな時に出会った二つの作品が、映画監督の山中瑶子さんの手を引いた。本と映画は響き合い、新しい物語をつむいでいる。 学校は、しんどかった。「右向けと言われたら、右を向かないといけない。決まりきった正解を押しつけられている感じがした」。厳しい家庭で、テレビやマンガは禁止されていた。娯楽は、読書だった。物語の世界に逃げ込んだ。 高校のそばには映画館が四つあり、教室に足が向かずに映画を見てから登校したこともあった。部活もやめた。「のめり込むと他のことがおろそかになっちゃう。極端なんです」。映画を学ぶ大学に進んだ。 大学にはこれまでにない自由があると期待したが、高校までと同じく苦しかった。夏休み明けから、行けなくなった。 映画は好き。映画を作りたい。とはいえ、何を作ったらいいのかは分からない。焦燥感にかられた。一人で部屋に閉じこもっていると、「社会も世界も壊れていて、人間はすごく醜い。そういう気持ちにどんどんとらわれた」。 そんな時に、手に取った本が高野悦子「二十歳の原点」だった。 「学生運動の熱狂の渦の中でも、空虚さを抱える若者がいた。そう思うと、自分も同じような性質の人間だし、無理やり社会になじもうとしてもしょうがないと、諦めがついたんです」 今読み返すと、思い詰めていく様子がつらいが、当時は聡明(そうめい)で率直な高野の言葉に救われた。その後、映画「あみこ」を自主制作し、映画監督としての道を開いた。大学は中退した。 高野の言葉は、自身の映画とも響き合う。 〈「独りであること」、「未熟であること」、これが私の二十歳の原点である〉 「高野さんは未熟な自分を許せなかったところがあるのかなと思うけれど、私は未熟な人に共鳴するし、描きたいし、それが普通なんだと言いたい。みんなが一つの成功に向かうと、その人がその人である理由が薄れてしまう気がするから」全共闘時代に悩みぬいた、ある女子大生の日記…「二十歳の原点」 【 映画監督 山中瑶子 】 現代の若者を映し出した「ナミビアの砂漠」の主人公も、やり場のない思いを暴力的に爆発させる。この映画は、金原ひとみの「軽薄」との関係も深い。 原作ものの企画で、撮影が5…この記事は有料記事です。残り888文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません

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この記事を書いた人堀越理菜文化部|文芸、出版担当専門・関心分野文芸、出版、ジェンダー関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする