ストーリー新庄剛志を「完コピ」して僕の人生は変わった そしてスマホに通知が山口史朗印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする
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連載「窓」 仕事の合間、ふと見たスマホの画面に言葉を失った。あふれた涙が頰をつたった。 〈shinjo.freedomがあなたをフォローしました〉 4月20日、東京都西東京市に住む矢ケ崎泰幸さん(46)がインスタグラムでつながったのは、プロ野球北海道日本ハムファイターズの新庄剛志監督だった。 「もう、推しとかそんなレベルじゃなく、神様」。25年以上憧れ続けてきた。また、新庄さんから活力をもらった。少なかった友達が 子どものころ、自分のことを好きになれなかった。 小学校では勉強についていけず、いじめられたこともあった。野球部に入った高校時代はケガもあって満足にプレーできなかった。友だちはずっと少なかった。 周囲に気を使って過ごす日々。「本当の自分を出せていなかった。居心地が悪かった」。大学受験にも失敗した。 野球観戦が好きだった。敬遠球をサヨナラ安打にするなど、破天荒なプレーをする阪神タイガースの新庄選手のことは「良い選手だな」と思っていた。ただ、特別な存在ではなかった。 それが2000年冬、心をわしづかみにされた。新庄選手の大リーグ移籍だ。 阪神が慰留のために提示した契約は5年で12億円(推定)。しかし、新庄選手が選んだのは、推定年俸2200万円のニューヨーク・メッツだった。 「通用しない」という周囲の…この記事は有料記事です。残り819文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません
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この記事を書いた人山口史朗編集委員(高校野球)|高校野球、野球全般専門・関心分野野球全般、体操、競馬関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする






