キーワードは「平和と文化」江戸初期の京が沸いた歴史的行事を再現へ清水謙司印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする
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7月に入った。京都では祇園祭の神事や行事が月末まで続く。 祇園祭は平安時代を起源とする日本三大祭りの一つだが、千年の都では今年の暮れに、新たな祭典がある。 それは、古都で語り継がれる、華やかな史実。世界遺産・二条城も舞台にした江戸時代の歴史的なできごとがテーマだ。 天皇・公家・武家を含めて9千人。馬540頭、牛車(ぎっしゃ)12台、輿(こし)470基――。江戸時代初期の寛永3(1626)年、京都を練り歩いた行列に加わったとされる人や動物、モノの数だ。 京都三大祭りの一つで、大規模な行列で知られる時代祭でも、都大路を練るのは約2千人。それを優に超す規模だったのだから驚く。 今からちょうど400年前の行列は、後水尾天皇が京都御所から二条城に出かけるときに組まれた。招いたのは、江戸幕府3代将軍・徳川家光と父の大御所・秀忠。二条城では最上級のもてなしが繰り広げられた。 京都市元離宮二条城事務所の来本雅之・建造物保存整備担当課長の案内で、二条城の二の丸御殿を見た。国内の城郭に唯一残る御殿群として国宝になっている。二条城は後水尾天皇の訪問に備えて改修された。 このときの行列と二条城での饗宴(きょうえん)を、当時の元号から「寛永行幸」と呼ぶ。 行幸とは、天皇が外に出かけること。大谷大の西山剛講師(京都文化論)は、平安時代の1100年から幕末維新期の1868年まで、計1872回の行幸があったと確認した。寛永行幸はその中で、最大規模のものとみる。 今年おこなわれるのは「寛永行幸四百年祭」。京都府、京都市、経済界などが加わる実行委員会で進める。 装束の復元や展覧会など多彩な事業があるが、目玉は行幸の再現だ。京都御所を囲む京都御苑(ぎょえん)から二条城までの道のり約3キロを約330人が歩く。 実際の行幸は9月にあったが、行列を再現するのは12月6日。 実行委員長の梅原和久・府副部長兼文化政策室長によると、古都特有の事情がある。9月はまだ暑い。10月は時代祭。11月は紅葉による混雑が予想されるからだという。 実際の行幸は、どんなものだ…この記事は有料記事です。残り776文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません
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この記事を書いた人清水謙司京都総局|歴史、社寺文化財専門・関心分野歴史、社寺文化財、文芸、民俗、食文化、人権問題関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする






