コラム・寄稿「明日何もわからなくなるかも」 認知症初期、不安と向き合った勇気精神科医・松本一生印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする

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認知症は、病気の進行によって表面化する症状が少しずつ変化していきます。症状が表面化する前の軽度認知障害(MCI)から少し進み不安や気分の沈みが出てくる時期と、病気がかなり進行して幻覚や妄想が出やすい時、さらに重度になって体が動かなくなる状態に分けて考えることができます。 今回は、初期に自らの不安と向き合った人の話を紹介しましょう。個人情報保護のため事実の一部を変更し、仮名で紹介します。昨日のことが思い出せない、独りで抱える不安 今から8年ほど前に来られた黒木雅彦さん(68歳男性、当時は軽度認知障害、その後アルツハイマー型認知症に移行)の話です。 かかりつけ内科医のもとで長年にわたって糖尿病をコントロールしてきましたが、「どうも最近、昨日のことがよく思い出せない」と心配になり、かかりつけ医に相談して私のクリニックを紹介されました。 初診の時に心配し、同伴受診してくれた妻は、その1年後に乳がんで他界。家族は夫婦ふたりだけで、親戚もいません。独りになって黒木さんの不安は一気に高まりました。これまでにも書いてきたように認知症とともにある人には、自分の体調の変化に人一倍早く気づく人がいる一方、自身では気づかず、周囲の人だけが気づく場合があります。黒木さんは前者でした。「誰も理解してくれない」孤独と孤立 妻を見送った後、黒木さんもしばらくの間、「気分が沈む状態」いわゆる「うつ状態」となりました。無理もありません。ふたりだけの生活で人生のパートナーを失ったのですから、当たり前の心の反応としての「うつ」が出るのは当然です。しかし「うつ」が改善した後も不安を訴え続けました。とくに人と接することが無くなる深夜、ひとりで床に就くと、突然、「明日は何もわからなくなって朝を迎えるのではないか」という気持ちが襲ってきます。 「足のほうから不安が体をなめるように上ってくる」と後に彼は私に訴えました。検査の結果、パーキンソン病やその他の神経疾患(神経が変化する病気)はないのですが、初診時の軽度認知障害(MCI)ではなく、アルツハイマー型認知症の初期段階になっていました。 でも彼はひとりで生活しなければなりません。周囲の人に「このごろ物忘れがあって不安になる」と訴えても、誰も耳を傾けてくれません。多くの人は「いやいや、黒木さんのように何でもできる人が認知症なら、この町内の誰もが認知症ですよ」と笑って相手にしてくれません。 そのような反応に出会うたび、黒木さんの不安は高まりました。だれも理解してくれない孤独、自分が心を開いて話しても聞き入れてもらえない孤立感から、彼は途方に暮れました。■待合室で出会った「戦友」が…この記事は有料記事です。残り1331文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません