インタビューデザインはなるべくしてなった!? 旗の専門家に「日の丸」を聞いた聞き手・興野優平印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする

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日本旗章学協会を立ち上げた苅安望さんに聞く 日本の国旗を傷つける行為を処罰する「国旗損壊罪」がつくられようとしています。でも、そもそも国旗って一体何なのでしょう。日本の国旗はどのようにいまの形になったのでしょうか。世界や日本の旗の図鑑などの監修を多く手がけ、日本旗章学協会を立ち上げた苅安(かりやす)望さんに聞きました。この記事のポイント・そもそも国旗は近世から近代にかけて成立・日の丸の起源は諸説あり、規格をめぐり論争も・日の丸のデザイン、日本ならではの発想 ――そもそも国旗とは、何なのでしょう。 「広辞苑(第7版)には『国のしるしとする旗。国家を象徴する標識』とあります。私の考えでは、国旗は主として国民国家の成立とともにできたものです」 「世界の国旗を見渡すと、シンプルなデザインのものが多い。複雑な紋章が入っている場合は、その国の国章をあしらっているから、ということが多いです」 「西洋では中世や近世に王家の紋章をあしらった旗が使われていました。使っていたのは王家や軍隊です。それが、16~17世紀のオランダ独立戦争ではシンプルな三色旗が掲げられるようになりました。その後近代に入り、国民国家の時代になったわけです。すると、オランダの三色旗のような、国民の誰もが使えるデザインの旗が求められるようになりました。一般市民が王家の旗や紋章をそのまま使おうとしても、意匠が複雑すぎて作るのが大変だし、お金もかかる。革命を経験した国では、王家の印を掲げることに抵抗もあったでしょう。こうしていまにつながる国旗ができてきたととらえています。国旗は、国民の誰もが使える国民の旗であるべきなので、簡単に作れないといけないんです。近代国家の成立に伴うという意味では、明治期に『日の丸』を掲げ始めた日本も例外ではありません」年貢米運ぶ船印、外国との区別… 使われ続ける「日の丸」が示すのは旗ざお側に100分の1寄る ――日の丸はいつごろからあるのでしょうか。 「起源は諸説あり、はっきりしませんが、日の丸のデザイン自体は昔からありました。白地に赤と決まっていたわけではなく、鎌倉時代の絵巻物には、赤地に金丸の扇子を持った武将の姿が描かれています。戦国時代には縦長の旗ざおに赤丸や金丸などがあしらわれたものが多く武将たちに使われました。江戸時代には徳川幕府の年貢米を運ぶ船にも白地に赤丸が描かれた旗が使われています。ただ、そこまでは旗印の一つで、国を象徴する意味合いはありませんでした」 「幕末になって幕府が開国すると、外国船が多く入港するようになりました。そこで日本の船ということを示す旗(総船印(そうふなじるし))が必要になったのです。幕府案では白地に紺色をあしらった筒状の吹貫に決まりかけていたのですが、薩摩藩主の島津斉彬、前水戸藩主の徳川斉昭らの働きかけが功を奏し、最終的に日の丸のデザインが採用されたといいます」 「明治政府も日の丸を継承し…この記事は有料記事です。残り1294文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりませんこの記事を書いた人興野優平文化部|「折々のことば」担当専門・関心分野戦争、核をめぐる問題など関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする