戦場からスポーツ大会まで 日の丸の「尊重」はルールで決められるか椎木慎太郎印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする
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世界には自国国旗の損壊を罰する国もあるが、それぞれの国旗の歴史的な経緯は違う。そもそも日の丸はどんな歴史をたどってきたのか。そして、どう受け止められてきたのか。 世界の国旗・国歌研究協会の吹浦忠正共同代表(85)によると、古代から各地で太陽崇拝があり、壁画や朝廷の儀式に使われる柱などに日輪を示す円形のデザインが施された。平安時代になると、武士が朝廷に認められていると示すため金地に紅の丸を描いた扇を掲げ、戦国時代には旗に日の丸が描かれるようになった。 江戸時代には幕府の船を他藩の船と区別するために日の丸が使われ、幕末には海外の船との識別に用いられ、転じて「日本を象徴する役割を担うようになった」という。敗戦国に訪れた「転換点」 やがて日の丸は、戦意高揚に使われるようになった。白地の部分は戦地に赴く兵士への寄せ書きに使われ、出征のときは日の丸が振られた。 吹浦さんが「転換点」とみるのが、第2次世界大戦後の動きだ。 同じ敗戦国のドイツでは国旗だったナチスの旗「ハーケンクロイツ」が禁止され、いまの国家が樹立した際に黒、赤、黄の横三色旗が使われるようになった。 イタリアでは王制から共和制に移行し、国旗から王室の紋章が取り除かれた。両国は自国旗への損壊罪があるが、対象になるのは戦後に新たに作られた国旗だ。 日本は違った。戦後、連合国軍総司令部(GHQ)が旧軍のシンボルだった「旭日(きょくじつ)旗」を禁止(54年の自衛隊法で復活)したが、日の丸そのものは、新憲法が施行される47年まで掲揚が禁止されるにとどまった。「当時は日の丸を国旗と規定する法がなかった。撤廃しようにもできなかったのでは」と吹浦さんはみる。 一新されなかったがゆえに…この記事は有料記事です。残り885文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする








