深掘り辺野古学習でなぜ命が失われたのか 長期化する運動、薄れた安全意識伊藤和行 金子和史印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする
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沖縄県名護市辺野古沖で小型船舶2隻が転覆し、平和学習中の同志社国際高校(京都府)の生徒と船長が死亡した事故から、16日で3カ月になる。その時、何があったのか。命の大切さを伝えるはずの平和学習で、なぜ人命が失われたのか。関係者からは「運動が長期化するなかで、安全管理の意識が薄れていた」などと指摘する声があがる。 事故があった3月16日、名護市辺野古沖は晴天だったが、波浪注意報が発令されていた。 同志社国際高校の生徒ら21人が乗った「不屈」と「平和丸」は午前9時半ごろ、辺野古漁港を出た。不屈の船長が出航可能と判断したとされる。午前10時10分ごろ、不屈が高波で転覆。約100メートル離れていた平和丸も、救助に向かおうとして高波に覆われた。 事故直後の状況が、救助にあたった海上保安庁や名護市消防本部の開示資料に記されている。 「もしもし、あの……」。午前10時14分、118番通報があった。海保の記録によると、職員は内容が雑音で聞き取れず、いったん通話を切った。だが、通報位置が辺野古沖だったためすぐにかけ直し、浮力のあるものにしがみつくよう呼びかけた。相次いだ生徒からの通報 2分後、再度の118番通報で、事故の内容が明らかになる。 「辺野古のボートツアーに参…この記事は有料記事です。残り2020文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりませんこの記事を書いた人伊藤和行那覇総局長専門・関心分野沖縄、差別、マジョリティー、生きづらさ金子和史那覇総局専門・関心分野沖縄、平和、事件、司法関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする






