随時更新視点・解説辺野古沖転覆事故、これまでにわかったこと 調査や捜査の現状は2026年4月16日 6時00分(2026年5月14日 18時54分更新)有料記事印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする

[PR]

沖縄県名護市辺野古沖で、同志社国際高校(京都府)の生徒らが乗った船が転覆し、同校2年の武石知華(ともか)さん(17)ら2人が亡くなりました。どんな船に、なぜ乗り、どうして事故が起きてしまったのか。これまでにわかっていることをまとめました。この記事のポイント①どんな船だったのか②なぜ生徒が乗ったのか③教育上の問題があるのか④事故の原因、捜査の状況は⑤学校の対応は⑥沖縄での対応は①どんな船だったのか 3月16日午前10時10分ごろ、生徒らを乗せた平和丸(長さ約7・6メートル)と不屈(長さ約6・2メートル)の2隻が転覆した。平和丸に乗っていた武石さんと、不屈の船長金井創さん(71)が亡くなり、高校生と乗組員計14人が重軽傷を負った。 2隻はともに、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古移設に反対する市民団体「ヘリ基地反対協議会」に所属し、普段は海上での抗議活動に使われていた。事故当時のように依頼があれば移設工事の見学者を不定期で乗せており、これまで政治家や研究者らを乗せてきた。修学旅行など学習目的の乗船依頼も年に数回あったという。 操縦は船舶免許取得者が交代で行っていた。事故当時は平和丸に12人、不屈に9人が乗っていたが、双方とも定員内だった。 一方、海上運送法に基づく事業登録はしていなかった。同法は、船で人を不定期に運送する「一般不定期航路事業」を行う場合、国土交通相による登録が必要と定める。団体は「ボランティアであり事業ではなかった」と理由を説明している。【詳しくはこちら】運航も管理も「船長任せ」 国交省が実態を調査へ②なぜ生徒が乗ったのか 同志社国際高校は開校した1…この記事は有料記事です。残り2274文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする