米国でみつかった「戦艦三笠」水兵のセーラー服 親族の縁に導かれ土居貴輝印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする

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三笠公園(神奈川県横須賀市稲岡町)の海沿いに、日露戦争(1904~05年)で旧日本海軍・連合艦隊の旗艦を務めた戦艦「三笠」が記念艦として保存されている。その乗組員だった旧海軍水兵のセーラー服2着が2025年、米国で見つかった。「当時の状況を示す大変貴重な資料」(公益財団法人「三笠保存会」)として、今、艦内で展示されている。英国で建造された戦艦「三笠」 日本海海戦で東郷司令長官が乗艦 三笠は、日本が英国の重工メーカー・ヴィッカース社に発注し、英国で建造された。1902年3月に竣工(しゅんこう)後、直ちに横須賀に回航された。日露関係が悪化した03年12月、連合艦隊に編入され、旗艦になった。05年5月、対馬沖の日本海海戦でロシアのバルチック艦隊を破った際、東郷平八郎・連合艦隊司令長官が乗艦して、艦隊を指揮した話が広く知られる。海軍水兵 三笠を受け取りに英国へ 日本まで回航 セーラー服の持ち主は、英国での建造後、日本に回航された際の三笠乗組員、青地弥三吉(あおちやそきち)さん(1878~1963)だ。白い生地で、襟の部分は紺地に白ライン、袖や裾に紺色のラインが入った旧海軍の水兵のセーラー服。青地さんの氏名が記され、「(明治)36(1903)年7月」「39(1906)年4月」と交付された年月も確認できる。 セーラー服は2025年末、青地さんの遺品を保管していた米国・カリフォルニア州の孫の自宅で見つかり、記念艦「三笠」を管理する三笠保存会に寄贈された。記事の後半では、約120年前のセーラー服の発見に至るまでの日米それぞれの遺族の交流を描きます。 青地さんのひ孫で、海上自衛…この記事は有料記事です。残り2448文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりませんこの記事を書いた人土居貴輝横浜総局専門・関心分野安全保障関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする