インタビュー「人生はストーリーじゃない。今なんだ」イッセー尾形の「憲法」とは滝沢文那印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする

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一人芝居では孤高の境地を切り開き、ドラマや映画では一癖ある脇役で記憶に残る。そんなイッセー尾形が、「セールスマンの死」(演出・小川絵梨子)に主演する。巨匠アーサー・ミラーが米国の栄光と挫折を描いた名作。目指すのは、観客がスジを忘れて「いまに釘付け」になる舞台だ。悲しみと生命力、拮抗させて深みへ 60歳を超えたセールスマンのウィリー(イッセー)は、献身的な妻・リンダ(高橋恵子)と暮らす。しかし、老いて売り上げを達成できなくなり、長男のビフ(中島裕翔)は30歳を過ぎても定職に就けない。それぞれ現状を打破しようともがくが、状況は悪化の一途をたどる。1949年に発表された、20世紀演劇の金字塔。 「名作だとわかってはいたけど、読んでみると、一筋縄ではいかない」と、イッセーは淡々と話し始めた。現在と過去、現実と妄想が入り交じりながら展開していく物語。「一つ一つひもといて、解釈していく」ことを繰り返している。 冒頭、ウィリーは、セールスの長距離移動に欠かせない車の運転が思うようにできなくなっている、と妻に話す。自動車は、アメリカの繁栄や消費社会の象徴で、人生の道行きの危うさを暗示するセリフだ。「軽く話すか、深刻にするか。入り口が違えば、後も変わってくる。まだ決めるのは早いと思って、泳がせています」 稽古するなかで「毎日思うことが違う」のだという。「きょう感じたのは、こんな否定的な話を役者がこなせるだろうかということ」 ウィリーはかつての営業成績や人脈にしがみつき、時代に取り残されていく。高校時代にアメフトのスターだった息子ビフも、想像した輝かしい未来からどんどんかけ離れていく。「アーサー・ミラーも、『こんなものが出来ちゃった、世に出していいんだろうか』、そんな風に思ったんじゃないかと想像しましたね」 タイトルに予告されているように、最後にはウィリーの「死」が待っている。ただ、「悲しい、だけでは浅い」と言う。 「深い悲しみを体験するには、はね返す力がないと。悲しみと生命力が拮抗(きっこう)してどんどん深くなっていく。拮抗したところで、アーサー・ミラーがやりたかったことが出てくるという気がした」 そして、この物語を通じて…この記事は有料記事です。残り1117文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりませんこの記事を書いた人滝沢文那文化部|演劇担当専門・関心分野演劇、批評、思想、文学、芸能・放送関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする