インタビューわれわれは他者と「出会って」いるか? 民主主義の危機を憂う前に聞き手 編集委員・高橋純子印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする

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対話が大事だと、みんな言う。分断社会を克服するため、民主主義を再生させるために必要だと、みんな言う。私も言う。それさえ言っとけば大丈夫な気がする。ところが、問題は対話のもっと手前にあるのではないかと、政治学者の山本圭さんは言う。他者と出会うこと自体が、いまや難しいのだと。失われた「セレンディピティー」 「わざわざ京都までお越し頂きありがとうございます」 ――いえいえ。京都出張の機会を逃しはしません。 「最近、公共や民主主義が厳しい局面にあると言われますが、それはこういう感じの『セレンディピティー』が失われているからではないかと考えているんです。ある時期以降、オンラインでの取材が増えましたから」 ――せれんでぃ?ぴ? なんですかそれ。 「異なった価値観や考え方を持つ他者との出会い、みたいなことです。そんな他者と遭遇すれば、良くも悪くも摩擦が生じる。ゆえに対話し、説得したり反論したりしながら妥協点を見つけてなんとか折り合っていくしかない。それこそが原初的な民主主義の姿だったはずです」 「だけどいま、公共空間がそうしたセレンディピティーを提供できていないのではないか。たとえば僕が今日着ているTシャツは、認定NPO法人『抱樸(ほうぼく)』の……」 ――かわいいですね。○や△の顔が並び、その下に「おんなじいのち」と書いてある。 「ホームレス支援で知られる福岡県北九州市のNPOで、○や△は、炊き出しの原点である『おにぎり』がモチーフだそうです。理事長の奥田知志さんは、クラウドファンディングで『希望のまち』という施設を建設中で、僕が昨年インタビューした際、子どもも大人も、貧困や障害などのハンディキャップを抱えている人も、みんなが居場所にできる空間をつくりたいと語られていました。けれどもこういう空間づくりはだんだんと難しくなっている。大学でも昨今ではセキュリティーや危機管理がまず問題になります」 ――見知らぬ他者はすぐに「不審者」扱いされます。 「階層化が進む現代社会にあっては、他者と出会って対話する経験を積むことが意外に難しい。ネットでも出会いは無限に広がっているように見えますが、そうした出会いもたいてい自分の身の丈にあったものでしょう。たまに出会ってしまうことがあっても、いがみ合いが始まるだけということも多い。そうではなく、セレンディピティーとは、意見や価値観が変わってしまうような出会いのことだと思います」 「もちろん出会いにトラブルはつきものです。しかし、近年ではそれをどう未然に防ぐかということばかりに関心が行きすぎている。だったら最初から出会わない方がいいとばかりに。かりに問題が生じると、当事者間での話し合いはないまますぐに警察に通報したり、スマホで撮影しながら訴訟がちらつかされたりする。もちろん公権力に頼るべき局面もあると思いますが、こういうときに社会の胆力が試される気もします」 ――民主主義再生の処方箋(せん)として、誰もが「対話が大事」と言いますが、そもそも他者と出会うこと自体が難しく、忌避すべきものにすらなっていると。 「公共空間の変容と民主主義…この記事は有料記事です。残り2400文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする