ストーリー中島隆印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする
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地域おこし協力隊員というアナログ戦略と、デジタル技術。その二刀流で、地方のちいさな自治体を支援する若者が、札幌にいます。畠中博晶さん、29歳。19歳で東京を離れた理由とは。上京STORYの番外編です。【連載】上京STORY進学や就職、それぞれの理由を胸に、多くの人が東京にやってきます。この春上京した人、今も東京で暮らす人たちの経験をたどりながら、一人ひとりの「上京ストーリー」を描きます。 畠中さんは宮城に生まれ、2歳で東京にきた。場所は、新宿区の早稲田。明るく前向きな少年に育った。 昭和歌謡が好きになり、空想した。 銀河大陸横断鉄道で、夜空にきらめく星の世界をいきたいな。 中学受験をすることになる。畠中さんは、志望校を考えた。 高田馬場から山手線を外回りすれば、ほどなく西日暮里。そこには開成がある。どんなにガンバってもムリだ。 山手線を内回りすれば、ほどなく渋谷。そこには行けそうな私立がある。おしゃれでにぎやかな街に身を置くのも楽しそう。第1志望にして小6の2月、合格した。 中学生活、スタート。クラスメートたちと初対面。出会いはスローモーションだから、じっくりとかみしめよう。そのつもりだった。 でも、一瞬で悟る。 ボクは、この場所におよびじゃない。 英語ができる、バイオリンがひける、などなど。みんな異能なのだ。 ボクには何もない。 さらに、第1志望に落ちてきている子が多く、学力が違う。はじめての英語の小テストで、畠中少年は0点だった。 「2月の勝者は4月に泣く」という言葉がある。2月の受験は成功したけれど4月に劣等感をいだく、という意味。「あの言葉は真実でした」と畠中さん。 学校に居場所はない。その思いが拡大し、止まらなくなる。渋谷の街にも、東京にも優秀な人ばかり、居場所はない。 東京から出たい。 畠中さんは、札幌にあこがれ…この記事は有料記事です。残り1190文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりませんこの記事を書いた人中島隆編集委員専門・関心分野中小企業関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする






