「まちのシンボル」あいりんセンター解体始まる 大阪・西成の釜ケ崎2026年6月9日 11時40分(2026年6月9日 19時39分更新)有料記事魚住あかり 市原研吾 椎木慎太郎印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする【動画】大阪市西成区・釜ケ崎の「あいりん総合センター」の解体が始まった=椎木慎太郎・朝日放送テレビ撮影

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2019年に閉鎖した大阪市西成区・釜ケ崎の労働者支援施設「あいりん総合センター」の解体工事が9日、本格的に始まった。併設する市営住宅も合わせ、2027年3月末までに解体は完了する見通しだ。 センターは地上13階、地下1階の鉄筋コンクリート造りで延べ床面積は2万3267平方メートル。建物解体に向け、2025年から内装の解体やアスベストの飛散防止などの準備作業が行われていた。 センターは国と大阪府・市などが1970年に建てた。労働者がその日の仕事を求めて集まる「寄せ場」や無料・低額で診療する病院施設などがあった。 バブル期には施設内の「西成労働福祉センター」が仲介した現金での日払いの労働者は延べ約187万4千人(1989年度)で、わずか0.62平方キロメートルの釜ケ崎で3万人超が暮らしていた。センターはまちの「中心地」だった。 西成区によると、今年3月時点の釜ケ崎の人口は約1万8千人で、生活保護の受給者は4割を超える。労働者のまちから福祉のまちへ変化する中、施設は耐震性の問題から2019年に閉鎖した。 その後も野宿者が寝泊まりを続けていたが、2024年12月に大阪地裁による強制執行で退去させられた。 跡地について、府市は土地の区画整理をした上で、日雇い労働者や外国人の就業支援などの施設に加え、にぎわいを生む集客施設も併設するとしている。集客施設は、子どもや労働者の居場所や図書施設を盛り込むことが検討されている。 あいりん総合センターは、地元では「センター」と呼ばれてきた。日雇い労働者が仕事の紹介を受け、様々な職業訓練を積むほか、仕事前に食堂や屋台で朝食をとりながら情報交換する場だった。 センターが開設された197…この記事は有料記事です。残り564文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりませんこの記事を書いた人魚住あかりネットワーク報道本部|大阪駐在専門・関心分野平和、教育関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする