ストーリー映画の街・太秦のにぎわい復活へ学生も力 観光と生活の調和めざして田井良洋印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする
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現場へ! 太秦100年 その先へ(5) 京都市の中心街・四条大宮から嵐山へ向かう路面電車に揺られて15分。嵐電(らんでん)の愛称で親しまれる京福電鉄・帷子(かたびら)ノ辻駅に降り立つと、巨大な大魔神像が出迎えてくれる。 ここは太秦(うずまさ)随一の大映通り商店街。かつて、戦時下にできた大映京都撮影所がそばにあり、戦後の傑作「羅生門」(1950年)や「雨月物語」(53年)、特撮時代劇「大魔神」(66年)を生み出した。跡地に記念碑が立つ。 映画フィルムを模したオレンジ色の舗道をしばし歩くと、地域のNPOが運営する食堂「キネマ・キッチン」が見えてくる。大映を支えた二枚看板、勝新太郎と市川雷蔵にちなんで名づけた「かつライス」が名物だ。 商店街の振興組合理事長で書店「たぬき堂」2代目店主、御舘(みたち)治さん(71)は幼き日の活気を覚えている。「ちょんまげ姿の役者さんが、うろうろ歩いてはってね。あのころ、時代劇映画は庶民にとって最高の娯楽でした」 しかし大映は71年に倒産、撮影所も86年に閉鎖された。映画産業の退潮と軌を一にして商店も住民も減ってゆく。いま商店街の加盟店は最盛期の半数近い約50店舗になり、シャッターを閉めたままの空き店舗も目立つ。人気エリア・嵐山からの誘客が課題 にぎわいをどう取り戻すか…この記事は有料記事です。残り852文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりませんこの記事を書いた人田井良洋紙面企画部専門・関心分野事件・司法、原爆・平和、音楽・映画関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする







