インタビュー力道山、アントニオ猪木にしびれ、プロレスの味方に 作家・村松友視聞き手・野波健祐印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする
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語る 人生の贈りもの 作家・村松友視さん(1) 「味方」っていうのはね、全肯定なんですよ。誰かを気に入ると、完全にミーハーになって追いかけちゃう。 《1980年、初めての著書「私、プロレスの味方です」が思いもよらぬベストセラーに》 力道山が好きで、中学生のときからずっと見てたんだけど、人前で堂々とプロレス好きだと言えず、もんもんとした気分でいたんですね。同じように、好きだけど、そっと見てる感じの人がいっぱいいたのかな。ひねくれたインテリみたいな人がプロレスを理論化したのを、快挙だと思ってくれたケースもあったりしてね。 《はやり言葉でいえば「好き」の言語化か。アントニオ猪木のファイトスタイルを「過激なプロレス」と名付けるなど、プロレス観戦の語り口を徹底的に変えた》 熱心なファンなんて、そんな生やさしいもんじゃない。〈プロレスはクソ真面目に見よう〉と書いてるように、より過激なファンだと思っていた。じゃあ、いったい自分はなんなのか、考えているうちに出てきたのが「味方」って言葉です。 当時からプロレス雑誌は出ていたけど、その業界風の表現に違和感があった。僕は競技全体というよりも個人のファンから始まるんです。最初が力道山で、次が猪木で……最近は大谷翔平と井上尚弥。2人は僕が味方する必要なんてないから、単なるファンのままだけど。 《「味方」という立場を打ち出した「私」だが、その出自は少し変わっている。祖父は大正から昭和にかけての流行作家、村松梢風(しょうふう)。なのに戸籍は彼の五男になっている》 僕の人生は最初から本当と噓(うそ)の間にあって、あいまいなんだよね。ずっとフィクションのなかの主人公でいるような気がしてるんです。祖父の五男に、「あわい」の始まり 《東京・千駄ケ谷に生まれ、父も母もこの世にいないと言われて育った》 父は中央公論社(当時)の編…この記事は有料記事です。残り3205文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする






