ストーリー第2回「見えない障害」事故後に変わった息子 親の声が国を動かした30年編集委員・武田耕太印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする

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神奈川県に住む東川悦子さん(86)の長男(58)は25歳だった1993年、交通事故にあった。 救急車で搬送されたが、意識不明の重症。50日間、生死の境をさまよったが、やがて意識が回復し、退院することができた。 だが新しいことを記憶できず、感情を制御できないなど、以前とは様子が違う。テニススクールのコーチの仕事をしていたが、復帰は難しく、仕事を失った。自暴自棄になる長男を前に、どうすることもできない毎日だった。 高次脳機能障害という言葉は医療現場では使われつつあったものの、正式な診断名としては存在していなかった。 高度経済成長の陰で交通事故の死者数が急増し、「交通戦争」と呼ばれた1970年代を経て、90年代も交通事故の件数は増えていた。救命救急医療の発達で、助かる命は増えた。 だとすれば、後遺障害を抱えながら苦しんでいる人は増えているのではないか。連載「高次脳機能障害 この社会を生きる」 病気や事故で脳が傷つき、記憶などに支障が出る「高次脳機能障害」。国内では少なくとも約23万人が、この障害とともに生きていると推計される。今年4月、こうした人たちを支援する「高次脳機能障害者支援法」が施行された。法制化への活動は30年ほど前、親たちの声から始まった。医師にぶつけた疑問、「東川さん、やってください」 あるとき、東川さんは通院先…この記事は有料記事です。残り1646文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりませんこの記事を書いた人武田耕太編集委員専門・関心分野医療・健康、こども政策関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする